■脳がないクラゲまで眠るのはなぜ?
これまでクラゲは眠らないと思われてきた。なぜならクラゲには脳がない。生きている機械のようなもので、ほとんど反射で生きている。脳がないので考えることもないし、記憶もない。恐らく欲求もない。そういう生き物が眠る必要があるとは思えない。体を休めることはあっても、「眠る」ことは必要ないんじゃないか──という理屈だ。
間違っておりました!
2017年にカリフォルニア工科大学の研究チームが、クラゲが眠るというインパクトの大きな論文を発表した(※1)。
※1「The Jellyfish Cassiopea Exhibits a Sleep-like State」(Current Biology 27巻19号2017年10月9日2984 ~ 2990.e3)
サカサクラゲという熱帯地方の1センチほどしかない小さなクラゲは、およそ1秒間に1回、傘を広げたり閉じたりしながら水の中を漂っている。この傘の開閉頻度は昼よりも夜に極端に減り、平均13.9秒に1回となった。いじわるをして、夜、刺激を与えて動かせ続けると昼間の反応が極端に鈍くなり、開閉頻度が減った。他にもいくつかの刺激を与える実験を行ない、研究チームの出した結論は、「夜、クラゲは眠る」というものだった。
クラゲは眠る。じゃあもっと原始的な生き物はどうだろう? 実はクラゲよりも原始的で、脳がないどころか中枢神経すらない、ヒドラという生き物も眠るというのだ。
■どんな生き物も眠るらしい
ヒドラは体長が1センチほどで、淡水中で暮らし、触手と藻などに貼りつくための幹からできている、植物と動物の中間のような生き物だ。
日本の研究チームによると、ヒドラも眠るのだそうだ(※2)。 「暗くなると(眠ったように)動きが鈍る」「睡眠状態を邪魔して“寝不足”にすると翌日の眠る時間が長くなる」などわれわれ人間の睡眠と基本的には同じだ。しかも、「睡眠の質を改善する」としてサプリメントに使われるメラトニンやGABAをヒドラに与えると眠るという。
※2「刺胞動物を用いた概日リズム・睡眠研究」(時間生物学 Vol. 28, No. 2 (2022) )
ヒドラの機能はクラゲ以上に単純で、エサのプランクトンに触手が触ったら丸めて口に運ぶ、消化する、排出する、その繰り返しだ。その場所から動くこともない。
人間の基準からすれば、眠る必要がどこにあるのか、さっぱりわからないが、彼らにも眠りは必要なのだ。
2000年代に入っても、睡眠は人間を含む動物だけのものと思われてきた。前編でも少し触れたように、脳が覚醒と睡眠を繰り返すことで、脳が調整されるという考え方だ(※3)。しかしそもそも脳がないクラゲやヒドラも眠るのがわかったことで、「脳ができるよりも先に睡眠が必要になったのではないか?」と研究者の注目が集まった。
※3「ヒトや動物はなぜ眠るのか」(バイオメカニズム学会誌/29 巻 (2005) 4号)
なお、睡眠には睡眠遺伝子が必要で、これは人間はもちろんマウスやショウジョウバエにも見つかっている。ショウジョウバエも眠るのだ。九州大学のチームがヒドラの遺伝子を解析すると、ヒドラにも睡眠遺伝子が見つかった。睡眠は生物が脳を持つ前からある機能らしい(※4)。
※4「睡眠メカニズムの形成は脳の獲得に先立つ(2020年12月8日)」(九大理学部ニュース)