先日までタイに長期出張していた筆者・カワノアユミ。これまでも当連載で何度か、タイに関するオカルト話を紹介してきた。そんな中で、筆者が興味を持ったのがタイの人形文化だ。

 

 タイの女性はよくぬいぐるみを持ち歩いている。たとえば、スマホやバッグに小さなキャラクターのぬいぐるみのチャームを付けていることが多い。夜の世界で働く女性も同様。筆者が現在、暮らしているパタヤではバービアなどが集まる繁華街で、夜の店で働く女性向けの服や雑貨を売るカート式の屋台をよく見かける。その中には、大量のぬいぐるみを吊り下げたカートもある。

 

カート
タイの夜街に必ずあるカート。よく見ると奥のほうにぬいぐるみが吊られている。

 見る限りでは、店の男性客が夜の店で働く女性にぬいぐるみをプレゼントしているようだ。しかし、筆者には「ぬいぐるみが欲しい」という気持ちがまったく理解できなかったため、戸惑った。

 

 ……なぜ、タイの女性はこれほどまでにぬいぐるみが好きなのだろうか? 今回は、タイの人形文化について考えてみたい。

 

■「呪物」であり「お守り」である人形

ルーク・テープ

祭壇の右奥に鎮座するルーク・テープは幸運を招くと信じられている。

画像:Shutterstock

 以前に連載第19回でご紹介した「幸運を呼ぶ人形ルーク・テープ」の話を覚えているだろうか? タイの有名な占い師によってブームとなった「ルーク・テープ(Luk Thep)」は、「子どもの天使」という意味で、この人形を子どものように育てたり、一緒に旅行に連れて行くタイ人女性もいた。

 

 このルーク・テープ人形の元となったのが「クマントーン」だ。クマントーンは「黄金の男児」という意味で、災いから守り、運気を向上させる効果があるとされるタイの呪物である。

クマントーン

タイ独自の伝統「呪物としての人形」の発端であるクマントーン。おそらく死産した双子かシャム双生児の胎児を呪物にしたもの。

画像:Greg Field, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons

 もともとは、亡くなった赤ん坊や胎児の遺灰に土やハーブを混ぜて作られていたが、現在はこの製法は禁止され、代わりに子どもの形をしたクマントーン人形として人気がある。実際、タイの家庭では今でもこのクマントーン人形をお守りとして家に置き、祈りや供物を捧げる習慣が続いている。

 

■女性にとっては「癒し」の存在として人気

クマントーン

スコータイのお寺に祀られていたクマントーン。もはや信仰の一部になっている。

画像:Michelle von Bärlin, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons

 人形(にんぎょう/ひとがた)が呪物やお守りを役割をはたしているのはわかった。とはいえ、クマントーンやルーク・テープ以外の人形やぬいぐるみも人気なのは、なぜなのだろうか?

 

「なぜ、タイ人はそんなに人形やぬいぐるみを好むのか?」

 

 そう尋ねると、「人形やぬいぐるみにはリラックス効果があり、持っていると安心できる」という答えが返ってきた。

 

 そのため、地方からバンコクやパタヤに出稼ぎに来るタイの女性たちも、慣れない土地での仕事の中で癒しを求め、ぬいぐるみを買ったりプレゼントしてもらうという。このように、人形やぬいぐるみはタイの女性にとって心の癒しの象徴となっているのだ。

 

 その一方で、タイ人にとって人形は時として、呪いとして使われることもあるという。たとえば、日本でも2006年頃に女子高生のあいだで流行した「ポクポン人形」。これは毛糸をぐるぐる巻いて作った人形で、もともとはタイでは「お守り」として用いられていたものだ。

 

■人気者の起源は呪いのブードゥー人形?

ポクポン人形
20年ほど前のブームで現在はほとんど画像が残っていない。辛うじて「Thai Voodoo Doll」などと名付けられアップされている。

 ポクポンとはタイ語で「保護する」などの意味があり、ポクポン人形を常に身につけることで、人形が厄災の身代わりを引き受けるとされている。もともとはブードゥーの呪術に用いる人形がタイに伝わり、ポクポン人形となったといわれている。

 

 そのブードゥー人形もそもそもは、中世イギリスで使われていた「ポペット」が起源であり、ポペットを呪いたい相手に見立てて針を刺す黒魔術の道具として使用されていた。タイでも、ブードゥー人形は呪いの人形として使われており、恋人の浮気相手の写真を人形の顔に貼り付け、針を刺して怒りをぶつける……というのだ。

 

 日本では、恋人が浮気をした場合、通常は恋人に対して怒りを向けるが、タイでは浮気相手に怒りをぶつけることが多い。このような男女の情愛のもつれを描写する場面は、タイのドラマやアーティストのミュージックビデオでもよく見られる。

 

■BALCKPINK・リサもハマった人形

 

 ちなみに、タイの夜の世界で働く女性に現在どんな人形が流行っているのかを尋ねたところ、「Labubu」という答えが返ってきた。世界的に人気の4人組ガールズグループ、BLACKPINKのタイ人メンバー・リサがSNSでLabubu人形と一緒に写っている写真を投稿したことで大流行したそうだ。

 

 もともと「Labubu人形」はそこまで人気があったわけではないが、現在ではBLACKPINK効果なのか、その人気のため価格も高騰しているという。また、Labubuの前は日本でも過去に流行った「ケアベア」が人気だったそうだ。このように、タイ人のあいだでの人形やぬいぐるみのブームは目まぐるしく変わっていく。

 

 ただ、そこに込められる思いや願い、時には怨念はクマントーンやルーク・テープの頃から変わっていないようだ。そして、連載第19回で紹介したように、思いの込められた人形は、時に不可解なことを引き起こすことも……。

 

■事故で急死した女性のカバンの中には…

アンティーク人形

ある日、古ぼけた西洋人形を拾った女性は……。

画像:Shutterstock

 ここで、タイで知り合った女性Sから聞いた話をご紹介しよう。

 

 彼女の母親の友人Kさんが、美しい西洋人形を手に入れた。Kさんはその人形を可愛がり、毎日話しかけるほど大切にしていた。どこへ行くにもその人形を連れて行ったが、ある日、Kさんは車で事故に遭い、そのまま亡くなってしまった。そして、亡くなった時にもKさんのバッグの中にはその西洋人形が入っていたという。

 

 後にSが母親が聞いた話では、その人形はKさんが亡くなる2週間前にゴミ捨て場で見つけて拾ってきたものであることが分かった。もちろん、不慮の死の直前にたまたま西洋人形を拾い、魅入られたように可愛がっていただけ──単なる偶然なのかもしれない。

 

 ただ、タイにおける「呪物」としての人形の話や、連載第19回で紹介した「捨てられたルーク・テープが呪物と化した」というエピソードを思い出すと、なんとも居心地の悪い感じがする。

 

アンティーク人形

さまざまな「念」が篭った人形を粗末に扱うと呪物に……!?

画像:Shutterstock

 なお、西洋人形のブームは世界中でたびたび起こっている。たとえば日本でも1955年頃から1973年の高度経済成長期にフランス人形のブームがあった。もしかすると、亡くなったKさんが持っていたのも、そんなブームとともに忘れて捨てられた人形だったのだろうか。

 

 タイ人女性が好む人形やぬいぐるみたち。しかし、目まぐるしく変わるブームの裏には、人形やぬいぐるみに宿る魂が引き起こす呪いのような現象が存在するのかもしれない……。