■音楽と犯罪組織を結ぶ深い闇 

 ポップカルチャーの歴史において、犯罪者集団と関係の深い特定の音楽ジャンルというものが存在する。

 

 たとえばHIPHOPの世界において、麻薬の売人だったことを公言するラッパーは数多く存在し、マフィアの大親分として知られるアル・カポネはシカゴジャズをパトロンとして支え、フランク・シナトラと親交を持っていたことで有名だ。日本においても、美空ひばりのマネージメントを務めた神戸芸能社は、三代目山口組の企業舎弟であったことが知られる。

 

 犯罪と縁のある音楽ジャンルは数多く存在するが、なかでも殺人、放火など最悪な事件を起こしてしまったのが、悪名高き「ブラックメタル」シーンだ。

 

■悪魔崇拝+ヘヴィメタル=ブラックメタル!?

デビルズ・サイン

ファンも「デビル・サイン」でレスポンス。

画像:Shutterstock

 ブラックメタルとはヘヴィメタルのサブジャンルのひとつで、顔を白く塗り、目の周りを黒に塗るコープスペイント(土葬文化の死者の姿をモチーフにしている)を施し、サタニズム(悪魔崇拝)に傾倒した歌詞で反キリストを強く打ち出すのが特徴。全身黒い服でバンドTシャツ、革ジャン、ガンベルト、ロングブーツなどを着用するファッションが好まれる。

 

 欧米などキリスト教圏では、反社会的なものの象徴として「悪魔」のイメージを使用する。人差し指と小指を立てるジェスチャー「デビル・サイン」は、悪魔の角をイメージしていると言われる。

 

■「邪悪さ」を張り合うバンドと関係者

メイヘム

コープスペイントをしたユーロニモス(右)と自殺したデッド

画像:Wikipediaより(Until The Light Takes Us (2008) - Screen Damage with Steely Dave (typepad.com)

 そして「ブラックメタル・インナーサークル」とは、1990年代初期、北欧ノルウェーのいくつかのブラックメタルバンドと、周辺の関係者を指して使われた言葉。メンバーは次第に「誰が一番邪悪か」を競うようになり、教会の放火、殺人などさまざまな事件を巻き起こした。

 

 1991年、ブラックメタル・バンド、メイヘム(Mayhem)のヴォーカル、デッドが猟銃で自分の頭を銃で撃ち抜いて死亡。メイヘムのメンバーで、中心人物だったユーロニモスはデッドの死体を発見すると、カメラを買ってきて写真を撮った。

 

 しかも、この写真はのちに海賊版レコード「Dawn of the Black Hearts」のジャケットに使用された。さらにユーロニモスは、デッドの頭蓋骨の破片をネックレスにし、親しい友人に配ったという。もはや悪趣味を通り越して常軌を逸しているエピソードだ。

 

 ユーロニモスはノルウェーのオスロにレコードショップHelvete (ヘルヴェテ)を開業。インディーズレーベル「デスライク・サイレンス・プロダクション」を立ち上げた。ここを溜まり場として、集まったファンと共にブラックメタル・インナーサークルが形成された。

 

■国宝級の教会を焼き討ち!?の悪行三昧

ファントフト・スターヴ教会

インナーサークルのメンバーによって焼き落された「ファントフト・スターヴ教会」(写真は1997年に再建されたもの)

画像:Micha L. Rieser, Attribution, via Wikimedia Commons

 1992年、ヘルヴェテに集うメンバーで、レーベルから作品を発表していたソロバンド、バーズム(Burzum)ヴァルグ・ヴィーケネス(注1)が、ノルウェーの文化遺産ともいえる12世紀に建てられたファントフト・スターヴ教会に放火、全焼させてしまう。

注1:日本では別名のカウント・グリシュナックと紹介されることも。また、後の裁判では同教会の放火については無罪となっている。

 

 この事件でブラックメタル・インナーサークルの悪名はノルウェー中に知れ渡り、ヘルヴェテは警察にマークされ閉店に追い込まれる。また、メディアでは悪魔主義者として批判の嵐が吹き荒れた。だが、そんな批判をせせら笑うように、1993年に発表されたバーズムのミニアルバム「Aske(ノルウェー語で「灰」の意味)」のCDジャケットには、焼け落ちたファントフト・スターヴ教会の写真が使われた(下写真)。

 

Aske

実際の「Aske」のアルバムジャケット。

画像:Wikipediaより

■メンバーの暴走は続き、遂に…

 その後もインナーサークルのメンバーの暴走はとどまるところを知らなかった。メジャー音楽を「ニセモノ」だと糾弾し、ツアー中の有名バンドのバスを転倒させる、メンバーの家に放火するなどの事件を起こすようになる。彼らの間では、「大きな事件を起こすと発言力が強まる」というムードになり、過激な行動に拍車がかかるようになった。

 

 メンバーのひとりで、ヘルヴェテの店員だったファウストは公園の森で同性愛者の男性を折りたたみナイフで刺殺。店のオーナーであるユーロニモスもヴィーケネスとともにホルメンコーレン礼拝堂に放火した。そして1993年8月3日、最悪の事件が起こってしまう──。

 

■ユーロニモスの惨殺でサークル崩壊

 

 ヴィーケネスがユーロニモスと口論になり、ナイフで23カ所をメッタ刺しにして殺害。緊急逮捕され、ノルウェーの法律で最も重い懲役21年の刑を宣告されたのだ。理由はインナーサークルの中での権力闘争の結果、金銭トラブルなどが推測されている。またヴィーケネスは、ベルゲンのオーサネ教会、ストアトヴェイト教会、ヴィンダフィヨルドのスコールド教会、オスロのホルメンコーレン礼拝堂の放火など、数件でも有罪判決を受けた。

 

 中心人物だったユーロニモスの死亡によりブラックメタル・インナーサークルは解体、消滅した。一方のヴィーケネスは2009年に仮釈放され、フランスに移住。2010年には復活アルバムを発表。刑務所で服役中からネオナチや反ユダヤ主義にどっぷり染まり(当人はあくまでキリスト教以前の古代信仰への回帰だと主張)、現在はなんとYouTuberとして活動を続けている。

ヴァルグ・ヴィーケネス
2009年、出所直後のヴァルグ・ヴィーケネス。この後、ミュージシャンとしてより極右活動家の動きが注目された。 画像:Рустем Адагамов (Rustem Adagamov) (drugoi), CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons

■悪魔ではなく承認欲求が生んだ凶行?

 ブラックメタル・インナーサークルは数々の事件を起こしたことで「悪魔崇拝集団」として秘密結社やカルト集団かのようにマスコミで大々的に報道されたが、内部にいたバンドのメンバーは「ブラックメタル・インナーサークル」とは、「単にヘルヴェテにたむろする集団」を指す言葉であり、マスコミや外部の人間が作り上げたにすぎない、などと語っている。

 

 実際、インナーサークルのメンバーの主張や思想は、たとえばユーロニモスが共産主義シンパで、ヴィーケネスはナチズムやレイシズムに傾倒とバラバラで、統一したルールなどは存在しなかったという。

 

 事実だけを並べると、凶悪な悪魔思想に取り憑かれた集団かのように思えるが、その実情は、バンドやシーンのイメージ戦略として、若者たちが「邪悪さ」を売りにして互いに競い合った結果、後に引けなくなり一部のメンバーが事件を起こすまで突っ走ってしまった、というのが実情かもしれない。その点では、現代のSNSでよく見かける承認欲求の暴走の末、自滅する若者となんら変わりないところだ。

 

 なお、ブラックメタルに関する物語は、以下の作品で映像化されている。

 

◾️ドキュメンタリー映画「Until the Light Takes Us」(2008)

 

 

■映画「ロード・オブ・カオス」(2018年)

Paravi、TSUTAYA TV、Amazon Prime Videoほか各動画配信サービスにてデジタル配信