怪談や心霊系コンテンツのジャンルのひとつに「事故物件」というものがある。そもそもは不動産業界の言葉で、事故物件とは土地やアパート・マンションなどの建物において、その物件もしくは共用部分などで何かの原因で前居住者が死亡した経歴のある物件を指す。
しかし、死亡事故などがなくても、立て続けに良くないことが起こる「いわくつき物件」も、事故物件の一種として考えられるのではないだろうか。
特に夜の店で働いている人が多く住む物件は、先の見通しが立ちにくい職業であるため、心が病みやすく、悪い気が溜まりやすいのではないかと考える。今回は夜の街にかかわる「事故物件」のエピソードだ。
■家出少女だった新人キャバ嬢ユイ(仮名)
筆者がかつて歌舞伎町のキャバクラで働いていたとき、同じ店にユイ(仮名)というキャストがいた。当時18歳だったユイは店では新人のキャバ嬢で、話を聞くと未成年のときから家出を繰り返していたという。
当時は今ほど厳しくなく、ユイのように未成年でも年齢をごまかして働ける夜の店も少なからずあった。しかし、親との不仲が原因で家出してきたユイは部屋を借りられず、キャバクラの寮に住んでいたという。
ユイが18歳になり、私と同じ店に入ったとき、まず始めたのが部屋探しだった。しかし、いくら18になったとはいえ、保証人もいないユイが部屋を探すのは困難極まりなかった。案の定、何軒もの不動産屋で断られ続けた。
■歌舞伎町近くのマンションに入居できたが…
そんなとき、ユイが偶然新宿で見つけたのが、保証人なしでも部屋を借りられる不動産屋だった。キャバクラや性サービス店などが多い繁華街にはよくある不動産屋で、いわゆる保証会社が保証人や連帯保証人の代行をすることで部屋を借りられるというものだ。
ユイはすぐにその不動産屋の扉を叩き、歌舞伎町からほど近い家賃10万円のマンションを借りることができた。
だが、ユイのような未成年者が借りられる物件だ。私も一度、夜遊びで始発を待つときに行ったことがあるが、他の部屋に住んでいるのは同じような水商売の住人ばかりだった。
ただ、マンションに入ると、どこか違和感を覚えた。歌舞伎町などの繁華街によくある不快な感じで、防犯カメラで誰かに監視されているような空気感があった。しかし、マンションの廊下にはカメラがないため、気のせいかもしれないと思った。
だが、当のユイは不穏なものを感じていたようだった──。
■深夜にすすり泣く女の声やノックする音が…
「あの部屋、変なことばかり起こるんです」
引っ越しを終えて2週間ほど経った頃だった。店に出勤すると、ユイがこんなことを言ってきた。変なことって、たとえばどんなこと?
「夜中に女の人のすすり泣く声が聞こえてくるんです」
……隣の住人が酔っ払って泣いているとかではない?
「それに、昨日なんか知らない人が私の部屋のドアをコンコン!と叩く音がしたんです。もう、怖くて……」
それは、酔っ払ったホストとかが自分の部屋と間違えて叩いただけでは? 私は笑いながらスルーした。だって、水商売の人ばかりが住む物件なら、そんなこともあるのではないだろうか。
「絶対、違いますよ! きっと、あのマンションは”事故物件”なんですよ……」
そう言って怯えるユイ。しかし、事故物件なら借りるときに不動産会社が伝えるはずだ。それに家賃10万円は新宿では妥当だし、事故物件ならもっと安いのでは……? そんなことを話しながら、その日を終えた。
■日に日にやつれていくユイに何が…
だが、その日を境にユイの様子は次第に変わっていった。これまでも、当連載でキャバ嬢に異変が起こった話を書いてきたが、ユイの場合は少し違った。
どちらかというと、毎日眠れていない様子だった。目の下はクマで真っ黒になり、仕事中もボーッとして、店長から「少し休むか?」と心配されるほどだった。
ユイに理由を尋ねても、「なんか最近、不安な感じがしてあまり寝れないんです」と答えるだけで、詳しいことは明かさなかった。
……もしかすると、家が水商売の人ばかりだから、朝方もうるさくてちゃんと眠れていないのかもしれない。そんなことを思っていた矢先、事件が起こった。
■隣人が突然姿を消し、そしてユイも…
ユイの隣の部屋に空き巣が入ったのだ。ユイはその時間、出勤していたため、幸いにも家にはいなかったが、帰ると多くの警察官が状況確認を行なっていたという。
オートロックがあるエントランスにだけは防犯カメラが設置されていたものの、水商売の人が多く住むマンションだったため、夜中に出入りする人が多かった。また、廊下にはカメラがなかったため、犯人はしばらく捕まらなかった。
しかも、その後すぐに、ユイの隣の部屋の住人が夜逃げした。ユイがそれに気づいたのは、マンション内のゴミ置き場に隣人の持ち物と思われる家具や荷物が山ほど捨てられていたからだった。
荷物を見る限り、キャバクラで着るようなドレスが大量に捨てられていたため、おそらく隣人もキャバ嬢だったのだろう。
そして、しばらくしてユイも姿を消した。