「このマンション、絶対、事故物件だと思うんです」
家出を繰り返した末、歌舞伎町のキャバクラに入店した新人キャバ嬢・ユイ。歌舞伎町からほど近い水商売の住人が多く暮らすマンションに入居したのだが、その直後からマンション内で異変が! 相次ぐ怪異に怯えるユイ。次第にやつれていき、店も休みがちに……。そして、警察沙汰の事件が起こったのち、ユイは忽然と姿を消してしまった──。
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■ここ、「そういうこと」がよくあるんですよ
ユイが突然いなくなったことを知ったのは、店長にこんなことを言われたからだ。
「ここ数日、ユイが連絡取れないんだけど、アユミちゃん、何か知ってる?」
ユイが単に休んでいるだけだと思っていた私は、店長と一緒にユイの家に行くことにした。インターホンを押しても返事がなく、電話も留守番電話につながるだけだった。仕方なく、マンションの管理会社に連絡してオートロックを開けてもらうことにした。
ユイの部屋に着くと鍵は開いたままで、部屋の中もほとんど物がなくなっていた。そして、ユイ自身もいなくなっていた。
「おそらく夜逃げでしょうね。このマンションでは”そういうこと”がよくあるんですよ」
管理会社の担当者は特に驚く様子もなく、そう言った。その妙に慣れた様子に私は違和感を覚えた。夜逃げだと決めつけていたが、ユイが訴えていた不可解な現象も“そういうこと”に含まれるのだろうか? 訊いてみたい気がしたが、それ以上の詮索を拒否するように男は話を打ち切った。
そこから先のことはよくわからないが、恐らくユイと連絡が取れないまま、マンションの契約は解除されたのだろう。
■失踪直前、ユイの部屋を訪れた不審な人影
……しかし、なぜユイは突然、なんの前触れもなく夜逃げしたのか? そもそも本当に夜逃げだったのか? 私が「ただの気のせい」と一笑に付していた、ユイが語っていた怪現象はこの件に関係ないのだろうか?
私のアタマの中をぐるぐると疑問と妙な不安が渦巻いていると、ユイが消えてしばらく経ったころ、店長が思い出したように話し始めた。
「そういえば……実は、ユイが少し前にこんなことを言っていたんだ。隣の部屋に空き巣が入った後、ユイの家に“私服警官”が来たんだって」
「……え?」
「最初は空き巣があったから心配してきたのかと思ったけど、ユイが言うには、声はするけどドアスコープから顔がよく見えなかったらしい。しかも、警察手帳も出さずに、ただ『警察です……開けて下さい』と繰り返すばかりで気味が悪かったって……」
結局、ユイは部屋のドアを開けなかった。そして、その話をした直後ぐらいから、ユイは店を休むようになった……と店長は言った。しかし、それがユイの夜逃げとどのように関係しているのか、私にはさっぱり分からなかった。
■ユイを監視していたのは“誰”なのか?
「俺も最初は分からなかった。でも、思い出したんだ。ユイがその相談をするかなり前に、『最近、誰かに見られているような気がするんです』と言っていたんだ」
……(誰かに見られている?)、一瞬、「ここ絶対、事故物件だと思う」というユイの声が蘇り、いやな予感がした。ただ、こんな怪談の連載をしておきながら、どうしても「現実的な恐怖」で解釈したい私は、きっと「この世に存在する」ストーカーなのだと自分に言い聞かせ、店長の表情を伺った。
「それって…ストーカーに遭ってたってことだよね?」
「今になって考えると、そうだったのかもしれない。俺も一度、ユイに『怖いからついてきて』って言われて家まで送ったことがあるんだ。ただ、そのときは特に尾行してくるような怪しい奴は見なかったし、大した心配じゃないとユイには言ったんだ」
店長が「ストーカー説」に乗ってくれて、少しほっとした。ただ、ユイが「怖い」と言っていた相手はなんなのか、まだモヤモヤしていると、店長はそのまま宙を見つめながら、こう続けたのだ。
「でも、変だよな。警察が来たといってもユイの家はオートロックだから、いきなり部屋に現れるワケないし……。それに、この間、警察の方から空き巣の犯人もまだ捕まっていないって聞いた。もしかすると、ユイは同じマンションの住人にストーカーされていたのかもしれないな」
■ユイを連れ去ったのは”この世のもの”なのか?
そのとき、私は”二つの意味”で背筋が凍る思いがした。
ユイのマンションに行ったときに感じた誰かに監視されているような感覚、隣に入った空き巣、そしてユイの部屋に来た”自称・警察官”。そして、管理会社の男の「人が消えること」に慣れているかのような不可解な態度……。
部外者である私たちには、そのマンションのその後の状況はよくわからない。だが、保証人も不要で誰でも簡単に借りられる物件だ。
もしかすると、あそこに住む夜の店の女性たちは、同じマンションの住人から監視されていたのかもしれない。そして、身寄りのないユイのような女性を狙って、夜逃げに見せかけどこかへ連れ去った──ある意味、現実的な「すぐ隣にある恐怖」がひとつ。
そして、もうひとつは「電脳奇談」的な解釈だが、“人ならぬ住人”が暗がりからジッと見つめていた……そして、その恐怖からユイは心に変調をきたし、誰にも告げず姿を消したのでは……。
世の中には多くの人々が亡くなる事故物件が存在するという。そして、ユイが姿を消した原因が現実のものであれ、この世ならざるものであれ、彼女の住んでいたマンションは、次々とキャバ嬢が失踪する「いわくつき」の物件だったのではないだろうか……。