「人間は脳の10%しか使っていない!」
「脳をすべて使うことができれば、誰だってアインシュタインのような天才になるし、超能力も使えるようになる!」

 昔からよく言われている話で、自分には眠った才能が! と思う人もいるかもしれない。そんな夢を壊して悪いが、脳はそういう風にはできていない。

 

■都市伝説「脳は10%しか使われていない」

第三の目
「眠っている脳が覚醒し第三の目があああ」ってドラマとしては面白いんですけど。 画像:shutterstock

 自分の脳にまだ能力が眠っているという話には、心動くものがある。脳は10パーセントしか使われておらず、未使用の領域が膨大にあり、そこには本当のあなたが隠されている。脳を開発し、超能力者として覚醒しよう! 

 

 前編は早期教育だったが、もし子どもの頃に家が裕福で早期教育を受けていたら? 自分も今頃3カ国語を話し、バイオリンを弾いてゴルフはシングルだったのではないか? そうだ、自分の中にはそれだけの才能があったのに家が貧乏だったばかりに能力を眠らせ、つまらない退屈な人生を送ることになってしまった……そういう後ろ向きな空しい夜もあるだろう。

 

 本当に脳の中に才能は眠っているのだろうか? 脳には使われていない機能があり、日の目を見る日をひたすらに待っているのだろうか?

 

■百年以上前のある記事が伝説の始まり?

脳のモデル

「脳10%」都市伝説の源流はなんと100年前まで遡る?

画像:shutterstock

「脳は10パーセントしか使われていない」という都市伝説の出どころには、いくつかの説がある。順に紹介していこう。

 

 文字通りに、ハードとしての脳が10パーセントしか使われていないという話は、誰が言い出したのか、正確にはわかっていない。アインシュタインだ、エジソンだという話もあるが、きちんとした記録はない。

 

 記録として残っているのは、1908年にアメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズがサイエンス誌に掲載した記事「The Energies of Men(人間のエネルギー)」に、

 

「私たちは、精神的および肉体的資源のほんの一部しか使用していない」
(We are making use of only a small part of our possible mental and physical resources)

 

 と書いた一節だ。恐らくこの一文を元に、誰かが「ほんの一部しか使われてない」を「10パーセントしか使われていない」というセンセーショナルなあおりに変えたのではないだろうか。

 

■脳神経と土台の細胞の比率が元ネタ?

グリア細胞

マウスの脳の断片。緑色がシナプスで赤色がグリア細胞
画像:GerryShaw, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons

 次に「脳の10パーセント使用説」の根拠と言われているのが、脳細胞のニューロンとグリア細胞の比率だ。脳にはニューロンという神経が網の目のように張り巡らされていて、そのニューロンをグリア細胞が支えている。要はニューロンが「建物」でグリア細胞が「土台」というところ。

 

 脳の構造がわかり始めた当初、脳の情報処理はニューロンのみで、ニューロンの10倍の数があるグリア細胞はただの支えでコラーゲンみたいなものだと考えられていた。脳細胞の90パーセントを占めるグリア細胞は意識とは無関係だと科学者は考えたのだ。

 

 これが誤解され、脳は10パーセントしか使われていないと言われるようになったという説がある。

 

 脳の機能がニューロンに依存しているのなら、ニューロン自身は100パーセント使われているわけで、残り90パーセントのグリア細胞が使われていなくても意識とは無関係だと思うが、どこかで誤読されたのだろう。

 

 近年、グリア細胞がニューロンの単なる支えではなく、ニューロンへの栄養供給や免疫の維持を行ない、さらに情報処理に重要な役割をしていることがわかり始めた。

 

 記憶は神経のつながり方=神経網だというのが最新の見方だ。昔は記憶物質や記憶細胞があると言われていたが、現在では情報を記憶するのは物質ではなく、神経同士の持つ構造だとわかっている。

 

 しかし、神経接続はどんどん変化し増えるので、放っておくと記憶は膨大になる。どこかで神経網を切断し、独立させないと記憶は定着しない。その役目を請け負うのがグリア細胞だ。グリア細胞は神経細胞と周囲との神経接続を“食べて”しまう。神経網はそれ以上更新されず、記憶が定着する(※1)

※1「シナプスを食べて憶える グリア細胞による神経細胞の微細構造の貪食が記憶を支える」(東北大学プレスリリース)

 

■意識の90%は潜在意識

ジークムント・フロイト

都市伝説「人間は脳の10%しか使っていない」の源流に精神科医ジークムント・フロイトがいた!?

画像:Max Halberstadt, Public domain, via Wikimedia Commons

「脳の構造ではなく意識の構造が誤解されたのでは?」という説もある。心には意識される部分以外に、自分では気づかないが、意識の裏でさまざまに行動を支配する無意識がある。かの有名な精神科医ジクムント・フロイトは、意識に自分が知ることができる“意識”、知ろうと努力すればわかる“前意識”、自分では知ることのできない“無意識”があるとした。

 

 フロイトによる“無意識”の発見により、精神医学は長足の進歩を遂げる。さらにその後の研究で、脳の活動のうち、無意識の占める割合は9割以上ではないかと考えられるようになった。

 

 人間は自分の脳の中で生まれる意識のうち、自分で知ることができるのは10パーセント以下。90パーセント以上を知ることができないのだ。

NLPの概念図

神経言語プログラミング=NLPの概念図。コンピュータのように脳のプログラムの書き換えは可能だとする。流行のコーチングもNLPの応用だ。疑似科学との批判も多い
画像引用:Gr8Impressions

 ということは無意識の中に重要なアイデアや認識が隠れていて、気づかないまま、それを取り逃がしているかもしれない……そこから生まれたのが自己啓発の一種の「Neuro Linguistic Programming(神経言語プログラミング)」だ。脳を一種のコンピュータに見立て、催眠術や心理学の技法を使って、ネガティブな要素を排除して脳をプログラミングし直すというのだ。

 

 脳の再プログラミングが本当に可能なのか、疑問はあるが、脳が行なう作業のうち意識できる部分が10パーセント以下という話自体は間違っていない。

 

 どういう説にせよ、10パーセントしか使っていないのだから残りの90パーセントを使えば、もっといい人生が送れるんじゃないか? このやり方であなたもあなたの知らない自分自身に出会えるのです、さあ目覚めましょう! というのがこうした自己啓発の狙いなのだが、脳はどうやらそういう風にはできていないというのが最近の知見である。

 

 誰でも天才になれるが、引き換えるものはものすごく大きいという話は後編(9月7日18時公開予定)で。