何をもって「天才」と呼ぶのか、定義が難しいが、圧倒的な記憶力や絵画、音楽の才能を天才と呼ぶなら、私たちは全員天才である。
「そんなバカな! 記憶力は悪いし、音楽の成績はいつも3だったぞ」
と思うかもしれないが、実は、そうした能力は右脳の中に封じ込められていて、私たちのほとんどがその”天才”を発揮できていないのだ。しかも、私たちはその存在を知らないし、知ることもない。右脳に眠る天才は私たちを幸せにしてくれるだろうか……?
■脳に隠された悟りの境地
左脳の機能を失ったことで「奇跡」が起こった脳神経科学者ジル・ボルト・テイラー。TED Talkで地震の体験を語っている。
数百桁の暗算を瞬時に行なうコンピュータのような計算能力、カメラのように本の内容を一言一句間違えずに覚える記憶力、一度聞いただけで複雑なクラシック音楽を弾き、一度風景を細部まで正確に描く……こうした能力がある人を前にすれば、誰でも思うだろう、この人は天才だと。
しかし、そんな能力は本当は誰にでも備わっているのだ。どんな人にも驚異的な計算能力や記憶力はある。しかし、ある重大な理由から、そうした能力は封じ込められている。なぜ脳は自分の天才を封じ込めているのか? その理由をこれから見ていこう。
脳神経学者ジル・ボルト・テイラーは、脳梗塞になり、一時期、左脳の機能をほぼ失った。その結果、脳神経学者が自らの脳障害を体験、レポートするという奇跡のようなことが起きた。いったい彼女に起こった軌跡とはなんだったのか?
左脳の機能を失ったテイラーの内面で何が起きていたのかは『奇跡の脳』(竹内薫訳・新潮文庫)で読むことができる。
「左脳の言語中枢が徐々に静かになるにつれて、わたしは人生の思い出から切り離され、神の恵みのような感覚に浸り(中略)意識は悟りの感覚、あるいは宇宙と融合して「ひとつになる」ところまで高まっていきました」
「幸福な恍惚状態に宙吊りになっているように感じました」(同書)
人間の社会性や言語能力は左脳が請け負っている。左脳が働くなったため、テイラーは右脳だけの意識に向き合うこととなった「右脳の見ている世界とは何か?」といえば、それは左脳というフィルターを通していない、むき出しの世界だ。
宗教でいう法悦、宇宙と一体化した感覚をテイラーは手に入れたといっていい。仏教家が激しい修行の末に手に入れる悟りの境地にテイラーは放り込まれ、代わりに日常生活ができなくなった。
■右脳で生きる天才・サヴァン症候群
テイラーのように左脳が働かない人たちの中に、サヴァン症候群という、非常に特殊な自閉症があるのだが、その患者の中には、驚くべき能力を見せる者がいる。一瞬で数十ケタを計算し、何百という物体を判別し、異常な記憶力で一度見た風景を正確に描写し、一度しか聞かない交響曲を演奏する。スーパーコンピュータ並みの早さで暗号を解読し、あらゆるパターンを見つけ出す。
彼らの前でギャンブルは厳禁だ。すべてのカードを一瞬で記憶してしまうので、どんないかさまも見破り、プレイヤーのわずかな癖も見抜き、全戦全勝するだろう。少し古い映画だが、『レインマン』を覚えているだろうか? ダスティン・ホフマンが演じるトム・クルーズの兄がサヴァン症候群の患者をモデルにしているのだが、ラスベガス、シーザーズ・パレスでのカジノのシーンで、まさにサヴァン症候群の特性を活かし大勝するのだ。
1988年公開の映画『レインマン』。ラスベガスでのカジノのシーンが有名だ。
これまでの研究によれば、彼らは生まれつき左脳に極端な生育異常があり、左脳が正常に機能しない。そのために天才的な能力が発現するらしい(これには諸説ある)。サヴァン症候群の患者は、いわば右脳だけの世界で生きているのだ。
彼らの能力が左脳の機能を失ったことによるのなら、普通の人でも左脳の機能を止めて右脳人間になれば、サヴァン症候群のような天才を発揮できるのでは? と科学者たちは考えた。カメラのような記憶力や写真のような写実能力をもし諜報活動に生かせれば……それ以外にも使い道はいくらでも見つかるだろう。
そう考えた科学者たちは左脳を止める実験を開始したのだが……いまだに世の中に天才が溢れていないのは、左脳の機能を止めると非常に深刻な問題が発生したためだ。