■世界に先駆けヤバい兵器を?

 

登戸研究では007に出てくるようなスパイグッズも開発されていた

 一方、「かは号」兵器は今でいうところのEMP兵器のはしりだ。

 

「EMPって何?」という方もいるかもしれないが、一時期、北朝鮮が電磁波兵器として核攻撃を行なうと脅し、世論が騒いだことを覚えていないだろうか? 「核兵器で電磁波攻撃???」と思うだろうが、仕組みはこうだ。

 

 高高度で核爆発を起こし、強力な電磁パルスを発生させる。この強烈な電磁波を浴びると電子機器は破壊されてしまう。つまり、核爆発による熱や爆風ではなく、電磁波を周囲に瞬間的に放射することで、地上の基地や兵器、インフラ施設はもちろん、戦闘機などに組み込まれた電子機器すべてを破壊し、相手を無力化する恐ろしいものだ。

 

 電磁パルスElectro Magnetic Pulse)爆弾、英語の頭文字からEMP爆弾と呼ばれる究極の破壊兵器がこれで、旧ソ連がほぼ実用化、現在も各国が研究している。だが、これを戦前・戦中の日本軍も研究していた。

 

■超兵器も電力不足で幻に…

 

 しかも、核爆発でドーンとあたり一帯に電磁パルスをまき散らすのではなく、指向性を持った電磁波を浴びせ、ピンポイントで狙った電子機器を破壊するというものだ。なお昨年(2023年)には、こうした指向性のEMP兵器について、中国がかなりの段階まで実用化を進めていると、アメリカの軍事専門家が警告を発している。


 

 ただし、電気も作れない貧乏が悪いのか、科学技術が夢に追いついていなかったのか、電磁兵器はすべて失敗に終わった。なお海軍でもZ計画という”中二病”丸出しのプロジェクトで電磁兵器を研究していたが、そちらもうまくいかなかったようだ。その後の歴史を考えれば、幸か不幸か判断しかねるが……。

 

 その後ということでは、「く号兵器のアイデアを元にアメリカで電子レンジがつくられた」というまことしやかな噂もある。実際、終戦から2カ月と経たない1945年10月に登戸研究所の施設は米軍に接収され資料も押収。翌年5月の極東軍事裁判では、研究所関係者は誰も訴追されなかったという……。

 

 そこに「何らかの取引」の存在を感じるのも、あながち妄想とは言い切れないだろう。戦後、アメリカが製薬大国になったのはドイツと日本の人体実験データを利用したからだという噂とともに、すべては戦争の闇の中である。

 

■731部隊に研究成果を提供

 

 登戸研究所の研究成果の多くは中国戦線で利用された。日米開戦まで、満州に駐留していた関東軍が使用する秘密兵器の研究開発が登戸研究所の目的だったのだ。そして、登戸研究所で開発した細菌兵器を中国大陸で実際に運用したのが、石井四郎中将率いる悪名高き731部隊(正式名称:関東軍防疫給水部)だ。

 

 細菌兵器というとSF映画やアニメではおなじみ、日中戦争の当時でも化学兵器と並びジュネーブ議定書で禁止されていた危険なしろものだ。731部隊もペスト菌の散布やチフス菌の井戸への投げ入れなど細菌兵器戦を取り仕切ったのだが、現実は映画のようにはいかなかったようだ。

 

 実際には、ペスト菌に感染させたネズミをばらまいたもののネズミが死んでしまい、人間への感染が見られなかったとか、チフス菌に住民が気付いて感染が広がらなかったとか間抜けなことが多かったらしい。

 

 もっとも大規模に行われたのは作物や家畜への病原菌散布で、牛に対する牛疫ウイルスの散布作戦やニカメイチュウ(小麦を枯らす害虫)を養殖し、小粒菌核病菌に感染させてばらまくといったことが行なわれたという。

 

■帝銀事件でも使われていた⁉

 

悪名高き731部隊の本部。細菌戦を行なったのは本当だが、実際には大した成果は上げていない 画像:Wikipedia

 森村誠一の『悪魔の飽食』では、人間を細菌感染させ、死ぬ様子を観察する731部隊といった悪魔の所業が書かれていたが、現実は案外と地味。

 

 もちろん人体実験をやっていないわけではなく、記録こそあやふや(傷病者として処理されたり、医療記録がGHQに接取されたり破棄された)だが、満州ではそれなりに行なわれていたらしい。そして、そこで使われていたのが登戸研究所で培養された細菌兵器や化学兵器ということだ。

 

 ただし、大規模な化学戦をやるほどの体力は日本にはなく、化学兵器も諜報用途で、毒ガスよりも毒薬であり、戦後、青酸化合物を使った大量殺人の帝銀事件では、登戸研究所で開発された遅効性の青酸カリ剤「青酸ニトリル」が使われたとされたという噂がある。