■京都・八幡市の住宅街に鎮座

飛行神社の正面入り口
京都八幡市の飛行神社。銀色に輝く鳥居がなければ博物館のような外観だ。

 

 年末年始の長期休暇で、旅行に出かける人も多いことだろう。そんなとき、海外などの長距離移動に利用されるのが飛行機。ただ、データではもっとも安全とされる飛行機だが、やはり「地に足のつかない鉄の塊」に乗ることへ、不安をおぼえる人も少なくないはずだ。

 

 そのような方におすすめなのが、航空機の安全にご利益がある京都の飛行神社だ。

 

飛行神社の見どころ【全8枚】

 

 飛行神社があるのは京都市内ではなく、大阪府と境を接する八幡(やわた)市。最寄りの駅は京阪本線・石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)である。駅名は、近くにある石清水八幡宮に由来。八幡市という地名も八幡宮が由来だ。

 

 駅から歩いて約5分。閑静な住宅街の中に飛行神社は鎮座している。境内には4階建てのビルが建ち、社叢もなく、古色蒼然とした雰囲気は感じられない。神社というよりも、会館のような施設といったほうがよさそうな佇まいだ。

 

 

■空の安全祈願と犠牲者の慰霊

 

晩年の二宮忠八
晩年の忠八。相次ぐ航空機事故に胸を痛めていたという。 画像:Public Domain via Wikimedia Commons

 飛行神社を1915年に創建したのは二宮忠八(にのみやちゅうはち)という人物。二宮は日本で、いや世界で初めて「飛行機の原理」を発見した人物だ。

 

 陸軍で兵役についていた二宮は、1889年に「飛行器」(二宮の造語)を考案。翌年には、ゴム動力による模型飛行器を作製する。実用化に向けて3度も軍へ申請を行なうが却下され、以後は人間が乗れる実機の開発を目指す。

 

玉虫型飛行器の復元模型

忠八の故郷、香川県八幡浜市の博物館に展示されている「玉虫型飛行器」の復元模型

画像:八幡浜市立市民図書館郷土資料室 Yawatahamangcc2016, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons

 だが、1903年にライト兄弟が有人動力飛行に成功したことを知ると開発を断念。このとき二宮は、飛行器の枠組みをハンマーで破壊したといわれている。よほど、残念だったのだろう。

 

 そんな二宮は、飛行機の発明以来、航空事故が多発するようになったことに心を痛めるようになる。犠牲者に対する慰霊は飛行機開発に携わったものにも責任がある、と感じ、私財を投じて飛行神社を建てたのだ。

 

 二宮が没すると飛行神社は一時廃絶するも、1955年に息子の顕次郎が再興。1989年には、二宮の飛行原理発見百周年を記念して、境内の拡張と改装が行なわれた。

 

ギリシャ神殿をイメージした拝殿

 

手水鉢に浮かべられたぷにゅ丸くん
境内の手水鉢にはカワイイ飛行機のおもちゃが。コロナ下に考案された、新たな願掛けのスタイルだ。

 道路に面した門をくぐると、左手に展示されているのはジェットエンジン。航空自衛隊でも使用された戦闘機「F104J」のものだ。本殿には階段をのぼって参拝するが、階段下の左には手水鉢(ちょうずばち)があり、おもちゃの飛行機が浮かんでいる。

 

 飛行機の愛称は「ぷにゅ丸くん」。デザインはJALとANA、それに好きな航空会社のデザインにできる窓枠だけの3種類があり、願いごとを書いて奉納する。

 

 階段をのぼって金属製の鳥居をくぐる。サビや腐食に強いステンレス製だという。拝殿は洋風で、ギリシャの神殿をイメージしているとか。屋根の小窓にはトンボやトビウオをデザインしたステンドグラスがはめ込まれている。