1966年の映画「ミクロの決死圏」をご存じだろうか。人間の乗った潜水艦を極微サイズまで縮め、血管に注射して患部の治療に向かわせるというSFだ。
映画公開から約60年が経ったが、さすがに人間を小さくする技術は見つかっていない。だが、潜水艦の代わりに超小型ロボットを使って病気を治す研究は進んでいる。その名はナノボット、前編で紹介したマイクロチップをさらに超える未来の医療の世界を紹介しよう。
■ナノテクで体内に病院を作る!?
前編で紹介したマイクロチップは、超小型のセンサだった。注射器で超小の測定機器を筋肉や組織に埋め込むイメージだ。注射できるほど小さなチップを作った技術はすごいけれど、体温を測る程度しかできないと聞くと正直、ガッカリというか……。
いやそんなもんじゃないんだ、もっとすごいことができるんだというのが、公益財団法人川崎市産業振興財団・ナノ医療イノベーションセンターの片岡一則センター長らが進めている「ナノメディスン」だ。
細胞よりも小さなマシンを作り、体の中で診察から投薬、手術まで全部やってしまおうという、いわば体の中に小さな病院を作ってしまうとんでもない技術なのだ。
「体の中に病院って、ロボットの医者や看護師がせっせとケガや病気を治してくれるの?」
と思うだろうが、そのイメージでほぼ間違いないらしい。ただし、その「ロボット」は金属製の小さな人型ではなく、高分子でできた球体だ。片岡氏らのプランでは、
□ 薬剤を患部まで運び内科治療を行う「ナノDDSシステム」
□ 患部を外科治療する「ナノ低侵襲治療システム」
□ 病気により失われた患部を再建する「ナノ再建システム」
という4つのシステムが連携して体内で治療を行なうことを目指している。
■高分子の化学ロボットが活躍
4つの技術のうち、もっとも早く実用化しそうなのが「ナノDDSシステム」だ。DDSはドラッグデリバリーシステムの略で、薬を病気の細胞までピンポイントで配送するシステム。いわば細胞版ウーバーイーツだ。
では、この「ナノDDSシステム」最大のメリットは何か?
たとえば、現在のガン治療では、抗ガン剤がガン細胞と一緒に健康な細胞まで壊してしまい、体への負荷が強すぎるのが問題になっている。大量の薬剤が必要で治療費も高くつき、副作用のせいで却って悪化する場合もあり、まったくいいところがない。
ところがナノDDSなら、抗ガン剤をピンポイントでガン細胞まで運び、直接注入できるのだ。最小限の薬を治療したい患部だけに注入し、副作用も抑えられる。いいこと尽くしだ。
しかし、ガン細胞まで薬を運ぶといっても、どうやればいいのか? 前編で紹介したマイクロチップに薬を入れて患部まで運ぶ? 塩粒より小さい箱の開け閉めなんてできるのか?
ガンの患部まで薬を運んで放出させるメカニカルなロボットを作ることは、現在の技術では不可能だ。しかし、化学物質による反応で薬を放出する仕組みを作ることはできる。