旅行でも出張でも、海外では常に緊張感が伴うものだ。特に深夜の移動は何が起こるか予測できず、身構えてしまう。今回は、タイ出張中のカワノアユミが現地で耳にした、ある不可解で恐ろしい話をご紹介しよう。
■深夜のバンコクで乗った車は…
数年前、日本のメーカーに勤めるYさんは仕事の都合でタイのバンコクを訪れていた。取引先との接待を終え、深夜1時を回った頃、ホテルへ戻るためタクシーを拾った。
バンコクの中心部とはいえ、その時間帯は人通りも車の往来も少なく、静まり返った街には不気味さすら漂っていた。そのとき、目の前にタクシーが停車した。どこか古びた印象だったが、ほかに選択肢がなかったYさんは乗り込むことにした。
「どこまで?」
運転手は片言の英語で尋ねてきた。目的地を伝えると、運転手は軽く頷いて車は静かに走り出した──。
■どこへ向かっているんだ!?
車が走り出して、Yさんは窓の外に流れる屋台の明かりをぼんやり眺めていた。しかし、しばらくすると違和感を覚えた。どうも見覚えのない道ばかり通っているのだ。
「ここ、違う道じゃない?」
不安になったYさんが声をかけると、運転手はバックミラー越しにちらりと目を向け、不自然な笑みを浮かべるだけだった。
次第に周囲の建物は減り、暗い郊外のような場所に入り込んでいく。Yさんは慌ててスマートフォンを取り出し、地図アプリを開こうとした。しかし、なぜか圏外になっていて、まったく機能しない。バンコク市内で電波が途切れることなど、普通では考えられなかった。
「この道じゃない! スクンビット通りに出てくれ!」
Yさんは声を強めて訴えたが、運転手は無言のままハンドルを握り続けている。