海外旅行。危険な場所に泊まらなければ基本的には安全だが、時には不気味な出来事に巻き込まれることもある。今回もタイに出張中のカワノアユミが聞いた、異国の地で奇妙なホテルに泊まったという日本人の話をお届けしよう。
■バックパッカーA氏が語る怪談

「これは、俺の先輩がタイを旅行していたときの話なんだけどさ……」
十数年前、バンコクを旅行中に参加した日本人同士の飲み会で、タイを訪れていたバックパッカーのAさんがそんな話を始めた。
Aさんの話によれば、彼の「旅の先輩」であるヤマオさん(仮名)が数年前、タイを旅行で訪れた。ヤマオさんは東南アジア各地を巡る“ベテラン”のバックパッカーで、その時はバンコクのとあるホテルに宿泊したそうだ。そのホテルはバンコクの中心部から少し離れていて設備もまあまあ古かったが、それなりに快適に過ごせていたという。
ただ、ひとつだけ気になることがあった──。
■隣室から毎晩、奇妙な音が…

「隣の部屋から、夜になると変な音が聞こえてくるらしいんですよ」
ヤマオさんは最初、隣の宿泊客の生活音だと思っていた。しかし、壁の向こうから聞こえるのは、何かを引っ掻く音、かすかな囁き声、ときおり聞こえるうめき声……。最初は気のせいかとも思ったが、毎晩決まって聞こえてくるので、ある日、ホテルのスタッフに尋ねてみた。
「あの……隣の部屋に泊まっているのってどんな人ですか?
しかし、ホテルスタッフは怪訝(けげん)そうな顔で、こう言った。
「隣? あなたの隣は空き部屋ですよ」
その瞬間、ヤマオさんはゾッとした。ならば、毎晩聞こえるあの音はなんなのか? 不安になったヤマオさんは、その夜、勇気を出して隣の部屋のドアをノックしてみた。
■無人のはずの部屋から声が!

……コン、コン
なんの応答もない。しかし、ドアノブを見た瞬間、心臓が凍りついた。ガチャガチャと部屋の内側から動いていたのだ。
ヤマオさんが思わず息を呑んだ瞬間、かすかな声が聞こえた。
「……◎×△&……」
タイ語でも日本語でもない意味不明の言葉。というより人とは思えないような声の響きだった。人ではない「何か」なのか? それとも、間違って誰かが閉じ込められているのか?
ヤマオさんは慌ててスタッフを呼びに行った。だが、スタッフが駆けつけたときには、隣の部屋は静まり返っていた。
「本当に音がしたんです! もしかすると、誰か閉じ込められているのかもしれない」
必死にそう訴えると、スタッフは渋い顔をしながらポケットから鍵を取り出し、ギィ……という鈍い音とともにドアを開けた──。