■直観は「帰れ」と警告するが…

「ほんまは『今日やって終わらせなあかんよな』って自分に言い聞かせたんですよ。それでも、直感が『帰れ』って言っていた……」
しかし、プロとして「怖いからできません」とも言えない。悩んだ田宮さんは後日、部下である職人の一人を連れていくことにした。
「二人やったらどうにかなるかなと思って。本来なら一人で朝からやって昼過ぎには終わる簡単な仕事です。人を増やすと赤字になってしまうけど、あの部屋に一人で入るよりマシだと思いました」
職人を連れて改めて現場に訪れた田宮さん。部下の手前、怖がるわけにもいかず、意を決して入室したそうだ。
■なぜかトラブル続きの作業…

「もう、ほんまに嫌やった。何が嫌かは分からへん。部屋の造りは至って普通。玄関があって、廊下沿いにキッチンとユニットバス。奥が8畳くらいの居室になっていて、クローゼットがひとつあるだけの物件です。ただ、東向きの物件で午前中だったのに、やけに部屋が暗かった」
鳥肌を立てながらも、さっそく道具や塗料を広げて作業にとりかかった彼ら。しかし、そこでも異変が起こった。
「壁や天井など、部屋の枠となる部分を塗っていくだけの簡単な作業だったのに……なぜか、塗っても塗っても終わらないんです。塗る場所が多いわけでもない。いつも通りの手順で作業をしているのに、なぜか進まない。
しかも、やたらとミスが多くて。手が滑ったり、普段ならありえへんようなミスをする。『おかしいな、こんなはずじゃないのに』って、二人で首を傾げながら作業してました」
時が止まったかのように進まない作業。それでもようやく終盤に差し掛かり、残りはクローゼットだけになった。最後の仕上げとして、その扉を開けると――……
■クローゼットを埋め尽くす〇〇!

「床にね、人の髪の毛がびっしりと散らばっていたんです……。真っ黒で長い、女の髪。思わず飛びのいて叫びました。そして悟ったんです。作業を邪魔していたのはコレか……と」
いつまでも仕事が進まなかったのは、髪の毛の主が「行かないで。ここにいて」と引き留めていたのかもしれない。
「一緒にいた職人も気味悪がっていましたよ。あんなに髪の毛が残っているなんてありえない。もし一人で作業していたら……耐えられへんかったと思います。初日に感じた違和感は、警告やったんでしょうね……」
結局、部下と一緒に嫌々髪の毛を片付け、仕事を終えたという。しばらくは、触った髪の毛の感触が手に残ったままだったそうだ。
「仕事が終わってから依頼主である物件オーナーに『こんなものが残っていたんですが……』とそれとなく伝えてみましたが、わけが分からないといった顔をされました。あの髪の毛は誰のものだったのか、あの部屋で何があったのか。真相はわからないままです」
【中編:土地にまつわるタブーの源流──「土の神」とは?】は6月14日公開予定
張麗山「日本古代における呪術的宗教文化受容の一考察―土公信仰をてがかりとして」(『東アジア文化交渉研究』第6号,2013年)
西山孝樹・藤田龍之・知野泰明「わが国の平安時代における「土木事業の空白期」に関する研究」(『土木学会論文集D2(土木史)』Vol.68 No.1,2012年)
中尾聡史『日本における土木を巡る 心意現象に関する歴史民俗研究』京都大学,2018年