■日常生活の中に信仰が根付いているタイ
先日、運気アップを求め、功徳を積むためにタイで「タンブン」を行なった私、カワノアユミ。それまでタイのナイトライフにしか興味がなかったが、タイの寺院に時々足を運ぶようになった。
タイの文化と信仰において、輪廻転生や業(カルマ)の概念は広く受け入れられている。国民の約95%が仏教徒であり、仏教の主要な教義である輪廻転生と業に基づく信仰が深く根付いているのだ。そしてタンブンは、来世により良い状態で生まれ変わるための行ないとして、タイの人々の生活のなかに当たり前のように存在している。そこで私が注目したのがタイ人の信仰心の篤さである。
たとえば、仏教などの外来宗教の影響を受けながらも、”ピー信仰”といって精霊、妖怪、お化けの類(たぐい)を根強く信仰する風習だ。この「ピー」への畏れはタイの若者の間でも当たり前のように信じられている。そのわかりやすい例として、2020年に日本でも大ヒットした「2gether」というタイのBLドラマでこんなシーンがある──。
■大ヒットドラマにも影響するピーへの畏れ
主人公たちが大学のサークル活動で植樹旅行に行く。その旅行中、主人公の先輩が肝試しのようなイベントを企画する。松の木の精霊(=ピー)が祀られている祠(ほこら)のロウソクに火を灯してくる、というものだが、そのロウソクの火が燃え移り祠が焼け落ちてしまった。そこで主人公が深夜に祠へあやまりに行くシーンがある。これは人間の悪行によりピーの祟りがあると信じられている……というものだ。
また、こんな話もある。タイ人は本名が長いため、ニックネームで呼ぶのが一般的。ニックネームは子供の頃に親や親戚によって、性格や外見の特徴やその家の伝統に基づいて付けられる。これは「子供を本名で呼ぶと”悪霊”に連れ去られてしまう」と信じられているからだ。
他にも、毎年11月頃に行なわれる日本人からも人気のローイクラトン(灯篭流し)や、仏教の伝統的な新年を祝うソンクラーン(水かけ祭り)など、タイでは仏教行事や伝統的な祭りが頻繁に行なわれている。これらもタイの人々の信仰心の篤さを象徴しているだろう。
■「幸運を招く人形」が大ブームに
そんな信仰心の篤い、ある意味スピリチュアルなものを信じやすい(?)タイで、今から7、8年ほど前に大流行した人形がある。「ルーク・テープ(Luk Thep:子供の天使)」という人形で、有名な占い師によってブームに火がついたそうだ。
お値段はピンキリで2000バーツ(約8000円)程度から高いものは10万バーツ(40万円!)ほど。人形を購入して霊能者や僧侶に祈祷してもらうことで”幸運を招く”と噂を呼び、実際に宝くじが当たったり成功したという芸能人も現れ、大流行したのであった。
ちなみに、タイには古くからクマントーンという有名な呪物がある。昔は母親の胎内で死亡した胎児を取り出し、金粉を張って作られていたというが、現在はそのような作り方は禁止されている。ちなみにバンコクの呪物市場でも購入することができる。
クマントーンは災いから身を守ってくれるお守りとして扱われており、家に置いて祈りや供物を捧げるという。これは、今でもほとんどのタイ人の家にあるポピュラーなものだという。つまり、ルーク・テープもこのクマントーンの一種の進化のようなものとして人気を集めたのだ。
■忘れ去られた「幸運の人形」が怪異を!?
だが、当然ながらブームとは一過性のものだ。それに加えて、タイ人は好奇心旺盛で新しい流行に敏感な一方、とにかく飽きっぽいという国民性がある。ルーク・テープも最初は可愛がっていたが、時間が経つと飽きてしまい、その後は放置されることがよく見られたという。
そして、冷たく忘れ去られた「幸運の人形」は、時に怪異を引き起こすことがあるという。そんな奇妙な話を聞かせてくれたのは結婚して、タイに移住したAさんだ。
「ブームになったとき、友人の女性がルーク・テープを購入したんです。でも、ご利益を感じられなかったようで、”こんなの嘘だよ”と言って、そのまま放置していたんですよね。まぁ、流行していた当時から販売元に対して『インチキ』『詐欺だ』という声はありましたから……。
それで、しばらくしてブームが去った頃、友人が引っ越しをしたときにルーク・テープを捨てたそうなんです。そしやら、身の回りに次々と良くないことが起きたそうなんですよね」
人形を捨てたところ、友人の身に怪我や仕事上のトラブルなど相次いで不幸が起こったというのだ。ルーク・テープには人間の霊が憑依しているという話は一切なく、あくまでも人形を通して霊能者や僧侶が祈祷することで幸運を招くというもの。言ってしまえば、ただの人形……のはずだ。
■ルーク・テープが孕んでいた”不穏なもの”
ただ、年月を経た、あるいは人の念や欲がこもってしまった人形が怪異を引き起こす──という話はタイに限らず、日本でもよく耳にする怪談だ。だとすると、ルーク・テープも……。
また、ルークテープを販売する会社のFacebookページを見てみると、ただの人形にはとても見えない気味悪さを感じる。ちなみに、タイ人にもルーク・テープのことを尋ねてみると「昔、流行ったね! 懐かしい」と懐かしがる人がいる一方で、
「一部のタイ人は持っていたけれど、ほとんどのタイ人は怖いと感じていた」
という声も聞かれた。ということは、そもそもルーク・テープ人形は何か不穏なものをその笑顔の裏に隠していて、タイの人々もそれをうっすら感じていたのだろうか……。
タイ人は信仰心篤い国民性だ。だが、この信仰心が弱まったとき、何か不吉な出来事が起こるというか、まるで呪いがかかるかのような現象が起こるのかもしれない。2017年からまったく更新されていないルーク・テープのFacebookページを見て、そんなことを考えるのであった。