■北は岩手から南は鹿児島まで。全国で炎上する本家争い!?

 

『日本の皿屋敷伝説』 伊藤篤著/海鳥社刊

 ここに一冊の研究書がある。その名もずばり『日本の皿屋敷伝説』(伊藤篤・著/海鳥社)。日本全国に点在する皿屋敷怪談を実地調査し、その源流や物語の類型、全国に広まった経緯まで網羅した労作だ。同書によれば、番町と播州どころか、北は岩手から南は鹿児島まで皿屋敷怪談が残っているという。その数、なんと48カ所! しかも、例えば皿屋敷に類する怪談まで加えると、その数はさらに膨れ上がるのだ(注4)

注4/例えば、お菊の怨霊は登場するが「皿」が登場しないものなどを、伊藤氏は類縁説話としてリストから外している。

 

 しかも、本書をまとめ上げた伊藤氏の地元、福岡県碓井町(現・嘉麻市)にはお菊を祀る神社や皿屋敷跡とされる旧跡があり、高知県幡多郡西土佐村(現・四万十市)や滋賀県彦根市などには「お菊の皿」と伝えられる”動かぬ証拠”があるという。こうして、全国各地で「うちが本家」と信じて疑わない人は少なくない。そもそも、この「皿屋敷怪談の本家はどこか?」という謎は、江戸時代当時から喧々諤々(けんけんがくがく)の論争が起きていて、結局、結論は出ないまま「みんなちがって、みんないい」と、うやむやにされてきたのだ。

 

 さて、こうなってくると、「怪談界のアイドル」というよりご当地アイドルのような扱いになりそうな「お菊さん」だが、前掲の『日本の皿屋敷伝説』所収の一覧表を見ると意外なことに気づく。実は、48ある皿屋敷怪談の主人公で「菊」の名が付いているのはに15カ所に過ぎないのだ。あとは名無しの下女とか腰元とか、お仙にお千代、かめ、たけ、ふじ、さんなどなど、てんでバラバラ(とはいえ、2位の「亀」が2カ所だけなので、お菊がぶっちぎりの1位!)。

 

■お菊さんは播州皿屋敷の主役の座を奪い取った!?

 

 しかも播州派が心の拠り所にしている前出の『竹叟夜話』も、実は主人公は「花野」という名の腰元。さらに不思議なのは、寛延元年(1748)に刊行されたという実録モノ『播州皿屋敷実録』では「お菊」に代わっていたりと、後に書かれた播州皿屋敷を扱った文献では、花野からお菊さんへと主人公のキャスト交替が起きていること。この文献が前出の歌舞伎などが大ヒットした後に成立したことから、もともとあった皿屋敷怪談に芝居で有名になった「お菊」の名前が入り込んだのではと指摘する研究者もいる。言ってしまえば、地元のスターの座を、全国区の有名アイドル(?)お菊さんが奪ってしまった格好だ。

 

 とはいえ、大ヒットした歌舞伎自体は播州の皿屋敷怪談を下敷きにしたのも確か。ではなぜ、歌舞伎版では主人公の名が「お菊」になったのか? 時代が下るにつれ「皿屋敷=お菊の怪談」とされたのはなぜか? 皿屋敷が先かお菊が先か、鶏と卵みたいな謎だが、この辺は皿屋敷怪談の成立そのものに関わるミステリーがある。続く次回では、皿屋敷怪談誕生の謎について迫っていこう。

 

参考資料
『日本の皿屋敷伝説』 伊藤篤/海鳥社
『〈江戸怪談を読む〉皿屋敷─幽霊お菊と皿と井戸』横山泰子・飯倉義之・今井秀和・久留島元・鷲羽大介・広坂明信/白澤社