■「海の支配者」の化石がなぜこんなところで……?
非常にエキサイティングといえば、化石が発見された場所自体も驚くべきものだった。なんと、スイス東部・グラウビュンデン州境のアルプス山地、標高2800メートルの場所で見つかったのだ。日本で言えば長野県・八ヶ岳連峰の山頂で見つかったようなもの。いったいなぜ、こんな場所に?
この点についても前出のザンダー教授が説明しており、この一帯は、2億年ほど前は超大陸パンゲアを囲む海だったという。それがプレートテクトニクスにより押し上げられ、現在のようなアルプス山脈になったのだ。
もう一つ興味深い発見についてもザンダー教授は指摘していて、これまで大型の海竜類は深い海にしかいなかったとされてきたが、この発見場所は浅い海域と推測され、イクチオサウルスの生態について定説を覆すことになるかもしれないとのことだ。
■巨大な歯は伝説の魔物・リヴァイアサンのものだった?
ところで、皆さんはリヴァイアサン(あるいはレヴィアタン)という伝説上の海の魔物をご存知だろうか? 旧約聖書に登場する、海を支配する最強の獣とも悪魔とも呼ばれるモンスターだ。
津波などの海の災害の象徴とも、クジラやワニ、大蛇をモデルに想像されたものとも言われている。そして、今なお世界各地の海で存在が囁かれる海棲の未確認生物(シーサーペントなど)こそが、古代の人々が目撃したリヴァイアサンだとする声もある。
そこで気になるのが、今回発見された巨大イクチオサウルスの化石だ。昔から海棲型未確認生物の「正体」として、海竜類や首長竜(注3)の生き残りの可能性が指摘されてきた。また、有史時代に入ってからも恐竜と人類の共存を匂わす遺物が世界各地で見つかっている。それを考えると、今回見つかった巨大な歯を持つ、ビルと見まがうような巨体の魚竜と古代の人々が遭遇し「海の支配者、魔物だ」とリヴァイアサンに繋がるイメージを膨らませた──という筋立ても考えられるのではないだろうか? いずれにしても、ザンダー教授によれば、まだ氷河の下には無数の化石が眠っているというので、古生物史を覆すような大発見を期待したい。
注3:三畳紀後期から白亜紀にかけて繁栄した水棲爬虫類。代表的なものはプレシオサウルスやフタバスズキリュウ。大型の種では全長15メートルほど。イギリス・ネス湖の未確認生物、ネッシーの正体では? とされたこともある。