■大熊猫か大猫熊か?元祖パンダは別物?迷走する名前の話
中国大陸ではパンダは「大熊猫」と呼び、台湾では「大猫熊」と呼ぶ。台湾ではかつて「熊猫」と呼ばれていたが、1988年に台南の私立動物園でマレーグマを白黒に塗りつぶし来園者にジャイアントパンダとして展示した事件が起こり、「熊猫」か「猫熊」かという論争に。結果的に「大猫熊」になった。
名前が迷走するのは実は発見当時からで、1825年、世界で初めて発見された「パンダ」は今で言う「レッサーパンダ」のこと。ところが、約40年後の1869年、いわゆる「ジャイアントパンダ」の毛皮と骨がヨーロッパに報告されることになる。
その途端、この珍獣が大ブームとなり、いつの間にか「パンダ」の名は白黒のあいつのものになり、本家パンダのほうが「レッサー(小さい/劣った)」なる二つ名がつく羽目になったのだ。ちなみに中国語の「熊猫」もそもそもレッサーパンダの形態に由来するとの説もある(確かに猫っぽいし)。
■中国の「パンダ外交」に翻弄されるパンダたち
中華人民共和国は、各国との関係発展のために相手国にパンダを贈呈する“パンダ外交”を展開。1957年から83年まで23頭が贈呈されたが、1984年にワシントン条約によって商業目的の取引が禁止された。その後、高額でレンタルされるようになったが、野生で捕獲された個体の輸出が禁止され、現在は中国の動物園や保護センターで生まれた個体のみがレンタルされるようになり、高額なレンタル料も「保護活動費」として野生のパンダ保護のために使われるようになった。
中国の保護センターで生まれた個体はすべて「中国籍」扱いとなり、片方の親が中国籍であれば、子どもも中国籍になる。レンタル料はカップル一組で年間1億円程度、自然死以外の死亡の賠償額は5千万円程度。竹の生えない地域では飼育費も膨大になるため、資金難で返還されるケースもある。海外で生まれたパンダは、概ね2年程度で返還される。
日本に初めてパンダが来たのは1972年。上野動物公園でカンカンとランランが飼育されたのが最初で、現在は東京都の上野動物公園で5頭、和歌山県のアドベンチャーワールドで7頭、兵庫県の神戸市立動物園で1頭が飼育されている。
見た目の可愛らしさとは裏腹に、数奇な運命と歴史を持つ希少動物、パンダ。一度は肉眼で見ておくべきかもしれない。