■安倍元首相暗殺から3カ月で流れは一変したものの

 安倍晋三元首相が遊説中に凶弾に斃れた7月8日から、早3カ月弱。事件当初は「在任期間歴代最長の首相を送るには国葬を」などという声が少なくなかったものの、いまや一般市民の間でも「国葬反対」の声が大きくなっている。

 事件の背景に関する報道や、自民党議員と旧・統一教会(現・世界平和統一家庭連合)のズブズブの関係が白日の下に晒されるにつれ、国葬反対の声が高まり(本来はまったく別個の問題とは思うんですがねぇ……)、世間の声に敏感なワイドショーなどは「税金の無駄遣い」「欠席の声続々」「会場の武道館はガラガラ」などと批判一色。直前には自民党のベテラン議員からも欠席と批判の声が上がる始末だ。

 こんなボロボロの状況でも岸田文雄首相以下、政権および自民党中枢はなぜ国葬を推し進めたのか? シンプルな理由は「一度決めたもんは変えられない!」という永田町や霞が関のアホみたいな硬直性とは思うが、そこはそれ、オカルトサイトとしては奇々怪々な「ウラの理由」に目が行くところだ……。

■非業の死を遂げた為政者は祟るのが日本の伝統?

日本三大怨霊の一人、崇徳上皇

 キーワードは「御霊(ごりょう)信仰」。耳慣れない言葉かもしれないが、辞書的には

〈不幸な死に方をした人の霊が、祟(たた)り、災いをもたらすという信仰。またそれをなだめ、抑える神を祀(まつ)る信仰〉日本大百科事典/小学館より

 というもの。わかりやすい例で言えば「天神様」で知られる学問の神・菅原道真。政争に敗れて九州の大宰府に左遷された道真が憤死した後、彼を追いやった政敵たちが相次いで変死、天変地異も起こり、慌てた朝廷や政敵たちは北野天満宮を創建し、道真を天神として祀ることとなった。

 菅原道真と並び「日本三大怨霊」と恐れられるのが崇徳(すとく)上皇と平将門。崇徳上皇については「後白河法皇も震え上がらせた最恐の天皇」として以前の記事でも紹介しているので、そちらをご覧いただきたい。平将門は今も東京・大手町の一等地に将門塚が祀られているが、非業の死を遂げてから1000年近く経った明治期や終戦直後にも「将門公の祟り」と噂された怪事件が起きている。