■毒や石化能力を持つバジリスク

 ケルベロスやグリフォンと比べ注目度は低いようですが、新しい変異種として日本でも11月1日に和歌山県で感染が確認された「BA.2.3.20」という変異ウィルスには、「バジリスク」というニックネームがつけられています。こちらも、ファンタジーRPGなどのゲームが好きな方にはおなじみのモンスターです。

 

 バジリスクと呼ばれるモンスターの原型は蛇あるいは、空を飛ぶ蛇と考えられ、ドラゴンの一種とも考えられていました。『旧約聖書』の「イザヤ書」や「詩篇」にその名が記されています。
 聖書はさまざまな言語に翻訳されているのですが、作られた時期によって訳語が変化しています。現在日本でもっともポピュラーな日本語訳聖書は「新共同訳」ですが、「バジリスク」の部分は「蝮(まむし)」や「大蛇」と訳されています。また、別の言語に訳されたものでも、「バジリスク」が「ドラゴン」になっていたり、「コカトリス」に変わっていたりします。

 

「コカトリス」は聖書においてバジリスクの訳語として採用され、同一のモンスターを指す言葉とされているのですが、ニワトリのような「トサカ」を持つ蛇あるいはトカゲと考えられています。バジリスクはコカトリスと混同されることで多くの特徴を新たに獲得し、中世期に毒を持つモンスターとして誇張が進み、紋章等の図案にも使われるようになったようです。

 

 なお変異ウィルスとしてのバジリスクは、日本でも感染は確認されてはいるものの、現状世界的な流行の主流にはないと判断されています。

バジリスクとイタチの寓話(1567年)

■変異ウィルスにこのような名前がつけられた理由

 結論からいえば、これら怖そうな名前のつけられた変異ウィルスは、名前負けしているといってもよさそうです。もちろん、インフルエンザとの同時感染の危険性も高まっている今あなどるわけにもいきませんが、ひとつひとつの変異ウィルスはワクチン接種と日々の予防策で大幅にリスクを軽減できることがわかっています。
 いかにも恐ろし気なモンスターの名前がつけられてはいますが、これはあくまでも“ニックネーム”です。そう呼んでいるのは、研究者など一部の人々だけで、感染状況などの報道にはほとんど使われません。

 

 新たな変異種が発見された時、感染力の強さなどで一種のランク付けが行われます。国立感染症研究所では、感染リスクによって「懸念される変異株(VOC)」、「注目すべき変異株(VOI)」、「監視下の変異株(VUM<)」に分類しています。現在は、1番目の「VOC」に「オミクロン株」が指定されているだけで、ほか2つは「該当なし」になっています。

 上に紹介したモンスターの名前のつけられた変異種はすべて「オミクロン株」に含まれます。オミクロン株内の変異種は日々報告されていて、星の数ほど確認されているのですが、多くはその名称が報道されることもありません。


 世界的な基準の元にデータベースで管理されているウィルスの本来の名称は、バジリスクの“本名”である「BA.2.3.20」のように、記号的でイメージしにくいものです。ですから、無数の変異種の中で特別注目すべき存在に“ニックネーム”がつけられます。その時点では変異の特性は解析が進められている最中ですから、つけられたニックネームにはさほどその変異種の特性が反映されているわけではないというわけですね。

ヨハネス・ヘヴェリウス『プロドロムス天文学 第III巻』より「ケンタウルス座」

 ニックネームに神話に登場する存在が選ばれたのは「BA.2.75」が最初で、ギリシア神話から馬の体に人間の上半身ついた「ケンタウロス」とつけられたのですが、そのすぐ後に現れた「BA.5」が世界的に流行、日本でも第7波となったため話題にはなりませんでした。