■「中世イングランド説」をさらに2000年以上遡る競技!?

 前回は、サッカーの起源としてFIFA(国際サッカー連盟)が公認している中国の『蹴鞠(けまり)について見てみました。しかし、サッカーの起源と考えられている競技は他にもたくさんあります。

 特に、2004年にFIFAの「蹴鞠」を認めるまでは「中世イングランド説」が最有力でした。確かに、サッカーの正式名称「アソシエイション・フットボール(Association Football)」という言葉の発祥も、その源流とされる「フットボール」もイングランド発祥。

「8世紀ごろのイングランドで、戦争で斬り落とした敵将の首を蹴って遊んだのが起源」などという説が有名ですが、それ故、イギリスは現代サッカーのはじまりを作った国として各国に認められ、強い自負も持っているわけです(だから「中国の蹴鞠が起源」という説には猛反発しているわけです)。

 しかし、8世紀のイングランド発祥という説をさらに2000年以上遡る「サッカーの本当の起源」とされるスポーツをご存知でしょうか? それがアイルランドの国技ともいわれる『ハーリング』。また、周辺の国にもこのハーリングにそっくりの球技がいくつもあります。今回はスポーツとしてハーリングなどの球技がサッカーの母体となった歴史や神話的背景を見ていくことにしましょう。

ハーリング(Lex.dkより)

■アイルランドの伝統的球技『ハーリング』とは

2022年最新のハーリングの映像/YouTube/AllThings GAA(@allthingsgaa)公式チャンネルより

 

 まず、ハーリングの特徴や基本ルールから。ふたつのチームがひとつのボールを奪い合って、相手のゴールまで運ぶサッカーとよく似たルールですが、大きなヘラにも似たスティックを使ってボールを打つところがもっとも大きな違いです。また、ボールも小さく、一般的な硬式野球のボールよりも直径が7ミリ小さいものが使われます。

 ハーリングの歴史は古く、歴史上確認できるだけでも3000年以上前から試合が行なわれていました。アイルランドといえば「ケルト神話」の国ですが、神話にも神々や英雄たちがハーリングの試合を行なう姿が描写されています。
 蹴鞠も中国の神話時代に神のような伝説の存在が発明したとされていたわけですから、その伝統の古さも同等と言っていいでしょう。

ハーリングの壁画が描かれた北アイルランドのアスレチッククラブ(geographより)

■ケルト神話のイケメン英雄『クー・フーリン』

ダブリンの公園にあるクー・フーリンの木像。右手に握っているのは「ハーリング」のスティック? /ライマンブラダイン, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons

 ケルト神話におけるハーリングの描写として有名なのは、ケルトの英雄として有名なクー・フーリンフィン・マックールのプレイヤーとしての活躍ぶりです。

 クー・フーリンはまだ戦士として認められる前の少年時代に、同じくらいの年代の仲間たちと試合をしている姿が描かれています。といっても、チーム同士の対決ではなく、クー・フーリン(当時は幼名のセタンタと呼ばれていました)がひとりで、12人のチームと対戦し、スーパープレイを見せて圧倒しています。

 光の神の子として知られ、金髪の若きイケメンであることが神話にも明記されたクー・フーリンは、ゲイボルグという魔法の槍を使う名だたる戦士であり、日本で作られたコンピュータ・ゲームにも登場する人気キャラクターです。その上スター選手でもあったわけですから、今の選手に例えるならデビッド・ベッカムもかくやというべきかもしれません。

 

■もうひとりの“金髪の美しき騎士”フィン・マックール

 クー・フーリンが活躍した時代より300年ほど後の時代に活躍したのが、その名も「金髪」を意味する「フィン」の名を持つイケメン英雄フィン・マックールです。彼もまた、神々の中心的存在である“銀の腕”のヌァザの血を引く存在といわれました。

 彼もまた、幼名である『デムナ』と呼ばれていた少年時代にハーリングの卓越したプレイヤーであったことが描かれています。
 クー・フーリンもフィン・マックールもその時代のアイルランドを守る騎士団のリーダーとして活躍し、美しい妻や跡を継ぐ英雄的な息子を得たのち、どちらも壮絶な最期を遂げています。