■生成AIで架空のインタビュー記事や「AI科学者」が次々炎上
ChatGPTをはじめ生成AIが登場してから、香ばしい事件が相次いでいる。
マーク・ザッカーバーグ率いるMeta(元・Facebook)が2022年11月にリリースした「Galactica(ギャラクティカ)」は、質問に応じて(プロンプトを入力することで)論文や科学記事を生成する、いわば「AI博士」。だが、実際にユーザーが入力してみると、論文がデタラメなどころか人種差別的な内容まで含まれるしろものが生成されてしまい、リリースからたった3日で公開停止となってしまった。
さらに、今年2023年4月には、「スキー事故以来、10年ぶりのメディア露出」として掲載された伝説的F1レーサー、ミハイル・シューマッハのインタビューが、実は生成AIによってでっち上げられたものだったことが発覚。”AI飛ばし記事”を掲載したドイツの週刊誌『Die Akutuelle(ディー・アクトゥエレ/直訳すると『週刊現代』w)』の編集長の首が飛んだ。
■ただ、こんな話は実は20年も昔から……
とはいえ、残念ながらこの手の話はメディアの世界ではよくあること。丸ごと全部は珍しいがインタビュー記事の一部捏造や、「〇〇の専門家」と名乗ってコメントしていたやつがズブの素人だったとか、ウソがばれて炎上することも昔からあった。
最近では、「ステマ(ステルス・マーケティング)」という言葉が注目されているが、特に商品の売れ行きに直結する宣伝の世界ではきな臭い噂が絶えない。有名人が私生活のブログに見せかけ商品をオススメしたり、怪しげな「専門家」が胡散臭いデータを挙げて推薦する「おクスリ」などなど……。いま話題の生成AIを使えば、確かに巧妙度は上がるだろうが、基本的に昔からやってきたことに違いはない。
そして、ある意味伝説的なでっち上げマーケティング事件と言われるのが、今から20年以上前に起こった通称「デビッド・、マニング事件」だ。華やかな映画業界を舞台に起こったこの事件、何より奇妙な、かつ事件の核心に関わることは、事件の名前になった「デビッド・マニング」その人が、そもそもこの世に存在しないということ。いったいどういうことなのか──?
■コロンビア映画を絶賛しまくるこの映画記者は誰?
事件の始まりは2000年7月。米・コネティカット州の地方紙『リッジフィールド・プレス』の映画記者、デビッド・マニングという人物が、ソニーの子会社であるコロンビア・ピクチャーズが公開した映画『インビジブル』(2000)、『バーティカル・リミット』(2000)、『ROCK YOU!』(2001)の広告で、内容を絶賛するコメントを発表した。
映画の宣伝で「全米が泣いた」「世界が震撼するーー」など、短いキャッチコピーが使われるのは読者の皆さんもよくご存じだろう。ポスターや予告編、テレビCMなどでも同様の宣伝文句が使われ、映画評論家や有名人、有名メディアなどが寄せたキャッチコピーがズラ~っと並べられるケースは数多い。
ただ問題は、コロンビア・ピクチャーズの映画ばかりを絶賛する、この地方紙の映画記者デビッドのことを誰も知らなかったことだ。もちろん、「もろもろの事情で名前は出せないけど、匿名なら……」と名前を伏せたり、時には仮名でコメントを出す場合もなくはない。
※右上のコメントが、「デビッド・マニング」によるもの
■謎の映画記者「デビッド・マニング」を追え!
その人物が誰であろうと、気にする人はさほど多くないだろう。しかし、デビッド・マニングが絶賛コメントを寄せるようになってから約1年後の2001年6月、『ニューズ・ウィーク』の記者、ジョン・ホーンは、とんでもない事実にぶち当たった。
ホーンがたまたまマニングのコメントを引用しようと連絡したところ、『リッジフィールド・プレス』編集部や関係者の誰もが「デビッド・マニングなんてやつはいないし、知りもしない」と言うのだ。しかも、デビッド・マニングは映画業界の慣例となっている、ジャンケット(映画会社がジャーナリストに用意する合同取材)に頻繁に出入りする映画記者の間でも知られていなかった。
さらにジョン・ホーンは調査を進め、「デビッド・マニング」とはコロンビア・ピクチャーズの親会社であるソニー・ピクチャーズのマーケティング幹部・M氏が創作した人物であることを突き止めた。デビッド・マニングとは友人の名前を拝借したもので、絶賛レビューを書く専門ライターもM氏が用意したという。
このニュースは映画業界だけでなく、メディア全体に衝撃を与えた。報道が流れた直後、アニメ『シンプソンズ』でも知られる声優/俳優・コメディアンのハリー・シアラーは、自分のラジオ番組で「デビッド・マニング緊急インタビュー」を放送。もちろん、この事件をおちょくったもので、マニングの声はシンセサイザーで合成されたものだった。
■映画ファンが激怒して「詐欺罪」で法廷闘争に!
映画業界では、先述のジャンケットで無名のジャーナリストに豪華なホテルの部屋と食事を提供し、ジャーナリストはどんなにつまらない映画でも絶賛するコメントを発表する、ということが慣例となっている。
「だったら、架空の評論家を作り出してもバレないし、ギャラもかからないから一石二鳥!」
と、映画会社の幹部が考えたとしても、無理はないのかもしれない。
ソニーの他の社員が捏造を知っていたのかどうかは不明だが、 映画ファンがこれを詐欺行為として法廷に持ち込むと、ソニー・ピクチャーズ側の弁護士は「言論の自由によって保護されている」と反論。一方、この事件を担当した裁判所の判事は「私が担当しなければならなかった事件で最もくだらないケースだ」とコメント。
数年がかりの法廷闘争の末、2005年8月、ソニー・ピクチャーズは「『インビジブル』『ROCK YOU!』『アニマルマン』『バーティカル・リミット』『パトリオット』の5作品について、マニングの推薦コメントに惹かれて映画を鑑賞した人に5ドルずつ返金する」という条件で原告側と和解することになった。
和解金は総額で150万ドルに及ぶとされており、「興行収入1億ドルがヒットの基準」とされているアメリカの映画会社としては金額的にはさほど痛手ではないが、ウィキペディアにまで「黒歴史」として残ってしまったのは残念なところだ。
さて……架空の映画評論家による捏造コメントが裁判にまで発展した事件。他人事のように書いてきたが、あなたが読んでいるこの記事も、もしかしたら架空の人物による創作かもしれないーー?