■水木しげるも描いていたロシアの妖怪

水辺にあらわれるロシアやウクライナを代表する妖怪(水精)ヴォジャノーイ。 ShutterStock

 ヴォジャノーイという、ロシアなどの国々で知られている妖怪をご存知でしょうか。

 2022年6月、東スポの一面で大きく紹介されました。長いひげの生えたオヤジ風カエル男の想像図には、動物のような耳が生え、手の指の間には水かきが見てとれます。この記事が出た日はネットでも大変な話題になりましたから、ヴォジャノーイという覚えにくい名前はさておき、記事のことは覚えているかもしれません。

 実は、日本でも以前からその姿は知られていました。妖怪といえば、故・水木しげるさんです。ヴォジャノーイも代表作『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズの一冊『鬼太郎の世界お化け旅行』(​注1)に「水精(ヴォジャーイ)」として登場していました(その後、図鑑等では「ヴォジャノーイ」の表記に変更されています)。

注1/1976年、双葉社刊行の隔週少年誌『少年アクション』で連載。のちに作品はちくま文庫から『鬼太郎のお化け旅行』として刊行され、講談社版の全集では再び『鬼太郎の世界お化け旅行』として収録)

■千変万化なその姿。実は美女そっくりの姿にも……

定番はこんな感じの老人のようなカエルのような描かれ方。

20世紀初頭、ロシアのポストカードより

 また、いろいろな家庭用ゲーム機でシリーズ作がでている人気ゲームソフト『真・女神転生』(開発・発売:アトラス)では、1999年から半魚人のような姿で登場していました。その後はシリーズの別作品に再登場の機会も増えており、知名度もじわじわ上がってきていました。

 他にも、マンガを中心にヴォジャノーイは日本でも紹介されていましたが、日本はこのような異国の文化を伝えてくれるメディアのひとつとしてマンガやゲームが発達しているのも面白いですよね。

 とはいえ、もったいない面もあります。マンガやゲームは図像も一緒に伝えることもできますから、ヴォジャノーイの最大の特徴である「さまざまな姿をもつものがいて、人間の美しい女性そっくりなものもいる」ということは紹介されてはいないようです(注2)。実際、ヴォジャノーイの伝説の伝わる地域では、絵画などの芸術作品のテーマに選ばれることは少なくありません。そうした作品では、見事な裸体を披露してくれる美しい女性が多く描かれる傾向があるのです。

注2/Wikipediaはじめネットでは「ヴォジャノーイの女性形(または妻)はルサルカ」と書かれているものも多いが、詳細は次回またあらためて。

■日本の河童と共通する性格をもつヴォジャノーイ

生憎、美女の姿は見つかりませんでしたが、人間を引きずり込もうとする老女のようなタイプもありました(ちょっとハードな夫婦喧嘩っぽい?)

1910年、アレクサンドル・エフゲニービッチ・ブルツェフ

「さまざまな姿」を持つことが特徴ですから、カエルに似た姿も、裸の美女もヴォジャノーイの姿のほんの一例に過ぎません。体の一部だけ人間の姿にそっくりで、他は怪物のようだったりするものもいます。そのような外見上の変化は、ヴォジャノーイが自在に姿を変えられ、人間に悪意を持っているからと思われます。

 怪物のような姿は出遭った人を驚き怯えさせるため、裸の美女の姿は男性を誘惑するための形態と考えられます。ヴォジャノーイには、日本の河童と同じように人間を嫌い、水の中に引きずり込む性質がある、という伝承と関連しているのでしょう。

■水中に築いた王国は人間の醜い争いから生まれた伝説か?

なかには井戸から現れるユニークなヴォジャノーイも

Helix84 cropped by Rémi Diligent, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons

 ヴォジャノーイが棲むのは河川や沼地といった湿った土地で、彼らはそんな場所に王国を築き、捕らえた人間たちを奴隷として働かせるといいます。ヴォジャノーイがずいぶん社会的に発展していることは、伝説のこの部分が新しい可能性や、現実に起こった出来事の暗喩だったのかもしれません。

 ウクライナにはさまざまな国に支配された歴史があります。例えば、13世紀にはモンゴル系のタタール人に100年もの間支配されたかと思えば、14世紀から300年にも及ぶリトアニアやポーランドによる統治が続いた時代がありました。もちろん、世の東西を問わず国同士が相争っていた時代ですから、ウクライナにかぎった話でもないのですが、ヴォジャノーイの伝説にはそんな背景が見えかくれしているような気がします。

■スラヴ人のエリア全域に広がる水精の伝説

こちらはチェコに伝わる水精の姿。老人とも老女ともつかぬ不気味な描写。

Hanuš Schwaiger, Public domain

 もっとも、ヴォジャノーイの伝説はウクライナにのみ伝わっているわけではありません。正確には主に『スラヴ人』の間で語られてきた民間伝承、昔話のようなものです。

 スラヴ人といわれて、どんな人々なのかがスラスラ答えられるような人は、歴史や地理にけっこうくわしい方でしょう。スラヴという国があるわけではありません。簡単にいえば、喋っている言葉がちょっと似ているという分類になります。

 スラヴ人には、ロシアやベラルーシ、そしてウクライナが入ります。この三カ国の人々は、東スラヴ人とも呼ばれます。

 他にも、スロバキアやチェコ、あとポーランドが西スラヴ人と呼ばれ、やや地域の離れたバルカン半島にある国の人々を南スラヴ人といいます。

 ヴォジャノーイは、それぞれの地域で名前が変化しつつもスラヴの広い地域で知られ、名前には『水(ヴォダー)』を意味する音が入っていることが多いようです。

 スラヴには、ヴォジャノーイの他にも個性的な妖怪がたくさんいます。次回は、そんな妖怪たちを紹介することにしましょう。