■1981年、幻のゲーム機は突如現れた……

こんな謎の筐体があったら、とりあえずプレイはするでしょうね。 画像:DocAtRS, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons

 Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)、PS5、XBOX……ゲームといえば、現代では自宅のテレビやモニターに繋いで楽しむのが主流だが、かつてはゲームセンターに設置されたアーケード型ゲーム機で遊ぶのがメインだった。

 

 そして、初代ファミコンが発売される2年前の1981年、アメリカ、オレゴン州のポートランドのゲームセンターに、とあるゲームの筐体が設置された。「ポリビアス」(Polybius)という名のこのゲームはたちまち大人気になり、プレイヤーはドラッグを使用した時のようなハイな状態になったり失神したりと、精神に異常をきたし、中毒になってしまったという。

 

 しかも、この「ポリビアス」の筐体には、定期的に黒スーツの男たちが現れて何らかのデータを回収しているという噂が流れた。また、男たちの狙いは、このゲーム機による精神への影響を調査するためだったと実しやかな都市伝説も囁かれた。

 

 そして……伝説のゲーム機「ポリビアス」は突如出現してから約1ヶ月で跡形もなく消えてしまった──。

 

■アメリカの国民的アニメ「シンプソンズ」にも登場

アメリカの国民的長寿アニメシリーズ「シンプソンズ」にもポリビアスが登場

画像:Shutterstock

 この謎のゲーム機「ポリビアス」についての都市伝説は、2003年9月、ゲーム情報誌に掲載された記事が発端だとされている(なお、80年代から「ドラッグのような効果を与えるアーケードゲーム機」の噂があったという都市伝説研究者もいる)。この記事が発表されて以降、人々の間で噂が噂を呼び、その存在について関心が高まり、数々の都市伝説が生まれていった。

 

 日本ではそこまで知られていないが、アメリカではかなり有名な都市伝説で、たとえば「9・11同時多発テロ」や「トランプ大統領の誕生」「コロナ・パンデミック」など数々の”予言”を的中させてきたとされるアメリカの国民的アニメ『シンプソンズ』にもポリビアスが登場。ゲームをプレイすると発作を起こしたり、記憶喪失や夜驚症になったり、何度も続きを遊びたくなる中毒性を持っているとして描かれた。

 

 また、Disney+(ディズニープラス)で放送された、アベンジャーズシリーズのスピンオフドラマ『ロキ』シーズン1の第5話でチラリとポリビアスの筐体が映り込んだことが話題になるなど、さまざまなメディアに登場し、「幻のゲーム機」「都市伝説のアレ」としてアイコンになっている。

 

 さらに、登場と謎の回収(?)から約30年後の2007年には、都市伝説の熱狂を受けて「Polybius」という名前のwindows用無料ダウンロードゲームが公開された。また2016年には有名プログラマーYakが率いるソフトフェア会社Llamasoftがプレイステーション4向けの「Polybius」を発表し、2017年5月9日にリリースされた。いまなお「(都市)伝説のゲーム機」の人気は衰えていないのだ。

 

■ポリビアスは政府の秘密実験の一環だった!?

宇宙人やUFO現れるところ、その影がチラつくMIBが幻のゲーム機にも……

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 ポリビアスにまつわる都市伝説の代表的なものが、冒頭に挙げた「定期的に”黒スーツの男たち”がゲーム機からデータを回収していた」というもの。政府や秘密組織のエージェントらしき黒スーツの男たちと言えば、読者の皆さんならご存じの「MIB(メン・イン・ブラック)」だ。

 

 日本ではトミー・リー・ジョーンズとウィル・スミス主演の同名映画シリーズの印象が強いが、もともとは1950年代ぐらいからアメリカ各地で囁かれた古典中の古典といえる都市伝説。UFOや宇宙人などの目撃者や研究者、ジャーナリストの前に現れ、「他人に話すな!」と警告や圧力を与えたり妨害を行なう謎の組織とされる。

 

 そして、その多くは黒の背広に黒ネクタイ、黒の革靴に黒のソフト帽、黒のサングラスという姿。2人から3人組で黒塗りの大型セダンに乗って登場する。偽造した身分証で政府機関の所属を名乗るが、あとで問い合わせると必ず「そのような人物はいない」と返答される。

 

 さらに、メン・イン・ブラックは米・国防総省やCIAなどの秘密工作員説があるのだが、ポリビアスにも「実は、CIAが極秘裏に行なっていた洗脳実験の一環だった」という噂がある。その秘密実験とは、「本当にあった都市伝説」として知られる「MKウルトラ計画」だ。

 

■本当にあった都市伝説「MKウルトラ計画」とは?

実際に公開された「MKウルトラ計画」の極秘書類 画像:Wikimedia Commons

「ナチス・ドイツの実験に端を発し、米国政府がCIAに実施させた洗脳実験で、無意識下でコントロールした暗殺者や超能力兵士を開発する目的があった──」

 などと荒唐無稽な話で知られる「MKウルトラ計画」。あまりに突飛するぎる設定でNETFLIXの大ヒットドラマ『ストレンジャー・シングス』やメル・ギブソン主演の映画『陰謀のセオリー』など、数々のフィクションでネタにされ、都市伝説と思われている方も少なくないが、実は、実験自体は本当に行なわれていたことが発覚している。

 

 1975年、アメリカ議会公聴会で告発された内容によると、中央情報局 (CIA) 科学技術本部がタビストック人間関係研究所(注1)と極秘裏に実施していた洗脳実験のコードネーム。アメリカ・カナダ両国の国民を被験者として、1950年代初頭から少なくとも1960年代末まで行われていたとされる。

注1/その源流は第一次大戦時に反ドイツのプロパガンダを流したシンクタンクとも、出資者はロックフェラー財団とも言われる、都市伝説界隈では知られた組織。

 

MKウルトラを主導したアレン・ダレスCIA長官

画像:Wikimedia Commons

 具体的な実験内容としては、「マインドコントロールの効果を立証するための実験」と称し、化学的かつ生物学的な手段や、放射性物質も使ったことが明らかとなっている。自白を目的として、LSDや他の薬物をCIA職員や軍人、医師、妊婦、精神病患者らに投与する実験が行なわれ、薬物は常に被験者からの事前の同意なしに投与されていた。

 

 公的には「洗脳やマインドコントロールの効果は期待できなかった」として、プロジェクトは中止になったとされるが、議会で告発される直前にCIA長官がほとんどの書類を破棄するなど、きな臭い噂は絶えない。実際にはこの実験で開発された技術が、いまも世界各地にある米軍の秘密施設「ブラック・サイト」で使用されているとの話もある。

 

■「私がポリビアスを開発した」と主張する人間が続々?

Sinneslöschen社の公式HPとされるもの。ポリビアスのDLページもあるがご用心を。

http://sinnesloschen.com/

 MKウルトラとポリビアスを結ぶファクターとしては、こんな話もある。このゲームを開発・発売したのはドイツの企業『Sinneslöschen』だとされ、社名はドイツ語で「感覚の剥奪」といった意味があるとされる。そう、つまりどちらも(ナチス)ドイツにその源を遡れるというわけだ。

 

 また、その後「自分は開発に携わったプログラマの1人だ」「Sinneslöschen社の関係者だ」などと、ポリビアスについて何らかの関与があった主張する者が続々と現れる。これを受けて、いま現在も、ポリビアスにまつわる都市伝説を検証するウェブサイトも数々ある。

 

 ただ、よく考えてみてほしい。仮にCIAが極秘実験として本当に行なっていたとして、わずか1カ月弱で撤収したのでは、ほぼデータなど集まりはしない。メン・イン・ブラックも骨折り損だろう。また、ウェブ上ではSinneslöschen社のHPなるものまで存在するが、都市伝説の研究者によれば、「そもそも、この社名自体、ドイツ語を知らないやつがあてずっぽうで単語を組み合わせただけ」と、どうにもきな臭い。また、現時点で「ポリビアス」の実在を証明できる証拠、情報は存在しないという。

 

■中二病の夢が詰まった都市伝説?

 では、なぜ「ポリビアスという都市伝説」は生まれたのか? その背景として、1981年の同じ日にポートランドで2人の若者がアーケードゲームをプレイした後に体調を崩して倒れたこと、その10日後に同地域のゲームセンターがゲーム機を賭博に使用した疑いで捜査されたことなどの出来事が組み合わさって都市伝説になったのでは、と都市伝説研究者の多くが推測している。

 

SF映画全盛の当時でも、若者を中心に空前の大ヒットとなった『スター・ファイター』 画像:GabboT, CC BY-SA 2.0 , via Wikimedia Commons

 また、ポリビアスが登場したとされる1981年から3年後、『スター・ファイター(原題:The Last Starfighter)』という映画が公開された。CGを本格的に導入した最初期のSF映画で、当時、興行収入60億円以上の大ヒットを記録した作品だ。そして、この映画の設定というのが……。

 

アメリカの片田舎に住む少年が、ある日、アーケードゲーム機でハイスコアを叩き出すと、謎の人物に宇宙戦争のファイター(戦闘機乗り)にスカウトされる。実はゲーム機自体が、全宇宙で腕に見込みのある者を探すための装置だったのだ──

 

”アメリカの片田舎”、”見知らぬアーケードゲーム”、”謎の人物の登場”、”異世界(宇宙や政府の極秘計画)とのつながり”などなど、中二病全開な設定が満載で、しかもポリビアスもほぼ同じ(アメリカにも中二病がそんざいするかどうかは知らんけど)。

 

 80年代に少年時代を過ごし、ゲーセンで寝食を忘れてゲームに没頭し、親に怒られた経験は誰もが持つもの。「プレイヤーをおかしくしてしまうヤバいゲーム機が存在した」「政府がゲーム機を通じて監視していた!」などという中二病丸出しな都市伝説を信じたくなるのも、理解ができる人は多いだろう。

 

 ゲームファンの記憶の中に、妄想の中だけに存在する幻のゲーム「ポリビアス」。「いつかはプレイしてみたい」と思うのが、すべてのゲームファンの夢なのかもしれない。