■事件の前にも人間を襲撃。最悪のケースも⁉
ここで、ヒグマと人間とが共生できる社会作りの実践を目標に掲げる「ヒグマの会」の記事を見てみたい(注2)。この記事によれば、実は最初の犠牲者であるCが襲われた7月26日の2日前、”前兆”とも言える出来事があったのだという。
注2/ヒグマ事件を読み解く「1.日高山系・福岡大ワンゲル事件の検証」
第1回記事で紹介したように、事件の際、福岡大ワンゲル部に救援を求められた北海学園大パーティーのうちの5人が、7月24日の昼過ぎ、九ノ沢に近い稜線上で、ある一頭のヒグマに襲撃された。彼らは間一髪、岩の上に登って命は助かったが、3人のザックがヒグマに奪われたそうだ。
場所や時間から推測すると、このヒグマと福岡大ワンゲル部の5人を襲ったヒグマは同じ個体である可能性が高いと、ヒグマの会の記事では推測している。
さらに事件の約1カ月前にあたる6月上旬、縦走のため、ひとりでこの山域に入った会社員が行方不明になっている。もちろん、この会社員をヒグマが襲ったことを示す決定的な証拠はない。しかしその日、天候は良く、滑落などの痕跡もなかったという証言から考えると、”最悪のケース”も否定できないのだ。
■襲撃した人喰い熊は悪神が憑いていた?
あのヒグマは人間を狙い続けたのではないだろうか──射殺される際、駆除隊が前に現れても一切、警戒する様子がなかったことからも、人間に恐怖を感じる習性が感じられない。
人間たちに遭遇する前、このヒグマはどのような経験をしたのだろうか? もしくは、この世界では解明できない何かを抱えていたのではないだろうか?
人気漫画『ゴールデンカムイ』で日本中に知れ渡ることになったが、北海道の先住民族・アイヌの人々は、人を襲ったり、喰ったりしたヒグマを「ウェンカムイ(悪い神)」と呼んで恐れたという。あくまでも私の想像だが……福岡大ワンゲル部を襲った(そして、それ以前にも人を殺害していたかもしれない)このヒグマには、ウェンカムイが憑いていたのかもしれない。
痛ましいことに、遺体を山から降ろすことができず現場で火葬されたA、B、Cには、「風に乗って博多へ」という言葉が捧げられた。彼らが殺害された現場には今も追悼のプレートがある。
また、生還した2人の恐怖や心の傷は想像を絶する。事件当時の報道はもちろん、事件から14年後のドキュメンタリーでも実名報道され、さらには一部の人々から批判もされていた彼らは、事件当時の証言を除き、今も固く口を閉ざしている。
「福岡大ワンゲル部ヒグマ襲撃事件報告書」(昭和45年8月 福岡市七隈11番地 福岡大学体育会 ワンダーフォーゲル同好会)
福岡大学ワンゲル部羆事件ドキュメント(北海道放送、1984年)
ヒグマの会 ヒグマ事件を読み解く 1.日高山系・福岡大ワンゲル事故の検証