■日本兵1000名がワニ襲われ全滅?

2021年公開のイギリス映画『ブラック・クローラー 殺戮領域』(配給:アルバトロス)

 

 ギネスブックに「動物がもたらした最悪の災害」として掲載されていた「ラムリー島事件」をご存じだろうか? 第二次大戦末期の1945年2月、ビルマ(現・ミャンマー注1)のラムリー島で撤退中の日本兵1000名がイリエワニの群れに襲われ、間一髪、英軍に救助された20名を残し全滅した──というもの。

注1/現在の話の場合は「ミャンマー」を事件当時の話の場合は「ビルマ」と使い分けます。

 

 日本ではほとんど知られていないが、欧米ではよく知られた話で、この逸話を元ネタにしたアニマルパニック映画まで作られているほどだ。ただ、最近では日本でもネット検索で「ラムリー島 ワニ」と入れれば、次から次へと記事が出てきて、YouTubeでまとめ動画を見た方もいるかもしれない。

 

重火器まで装備していた日本の守備隊が、なぜワニの餌食に?

画像:Public Domain via Wikimedia Commons

 ただし……だ。この話、1000人中980人がワニに喰われたなんて、いくらなんでも盛り過ぎの感がある。さすがにギネスブック側も疑問を感じたのか、2017年版からは「死者数に関しては疑問アリ」と注意書きを付け加えている。ただ、いまだにネット記事や動画では、まるで真実かのように描かれ「世界で一番危険な島」などと煽っているものが多い。

 

 いったい、この「戦場の都市伝説」の真実はどこにあるのか? 一つずつ検証していこう。

 

■ラムリー島のイリエワニとは?

 まずは基本データから確認。ラムリー島とは、ベンガル湾(インド洋)に面したミャンマー西岸にある、東京23区の倍ぐらいの広さを有するミャンマー最大の島だ。南北約80キロ、東西約30キロほどで、細い水路を挟んで本土のマングローブ地帯と繋がっている。

 

 なお、第二次大戦中の1942年にビルマを掌握した日本軍が守備隊を置いていたが、その当時の呼び方は「ラムレー(またはラムレ)島(注2)」。後にこの島を巡り激戦が繰り広げられ、その最末期に「ワニで日本軍全滅」という都市伝説が生まれることになる。

注2/ややこしいので、当時の証言以外は現行の「ラムリー島」で統一します。

現生のワニのなかで最も凶暴な人喰いワニと言われるイリエワニ

画像:Bernard DUPONT from FRANCE, CC BY-SA 2.0 , via Wikimedia Commons

 その都市伝説のある意味”主役”といえるイリエワニとは、このインド亜大陸南東部からオーストラリアまで広く分布する、現生のワニの中で最大の種。オスで平均体長5メートル、体重450キロで、大型のものはなんと体長7メートル、体重1トンに達するという。そして、最大の特徴は汽水域を生息エリアとし、淡水でも海でも活動できる身体能力と「人間を襲って食べる可能性が最も高い」(注3)どう猛さだ。

注3/ナショナルジオグラフィック動物大図鑑より

 

 驚くべきは泳いで移動する能力の高さ。1日10~30キロほど沿岸を泳いで移動し、なかには半年で900キロ以上移動した個体もいるという。さらに、過去には生息域のパプアニューギニアから2000キロ近く離れたミクロネシア連邦・ポナペ島で発見された例があり、海流に乗って長距離移動もできるようだ。

驚異的な遊泳能力で水中から獲物を襲う 画像:Shutterstock

 この遊泳能力と最大2トンと言われる嚙む力を活かし、水面から獲物に近づき、水中に引きずり込んで溺死させ喰らうのがイリエワニの”手口”だが、その獲物となるのは大型ほ乳類だけでなく、当然、人間も含まれる。最近では、2019年にフィリピンで漁民の男性が水中に引きずり込まれ喰われるという事件が発生。2023年にはオーストラリアで国軍兵士二人が襲われ、重傷を負っている。

 

 こうしたどう猛なイリエワニが、都市伝説で語られる事件当時、ラムリー島周辺のマングローブ林や島と本土を隔てる水路や海にウヨウヨいたというわけだ。ただし、現在のラムリー島ではイリエワニは戦後の乱獲で壊滅状態。同じミャンマー内の“イリエワニの聖地”と呼ばれる「メインマラ島自然保護区」ですら、多かった時で1000頭ほどとのことなので、果たして、1000人の日本兵を全滅させるだけのワニがいたのかどうかはかなり怪しい。