■本当の悪夢、それは異常な致死率の高さ

マンソン裂頭孤虫

マンソン裂頭孤虫の発見で知られる、パトリック・マンソンが発表した様々な形態の孤虫(1919年)

画像:Patrick Manson, Public domain, via Wikimedia Commons

 飯島博士らによる数カ月にわたる検査の結果、患者の左大腿部だけで寄生虫が入った嚢胞(カプセル状のもの)が1万個以上あるのがわかった。

 

 ただ、人間の体内で無数に増殖する幼虫、ということはわかったものの、いったいヤツらがどこから来たのか、成虫はいるのか治療法はあるのかなど、謎は山積み。最初の犠牲者となった女性も外科的に虫を取り除く以外は有効な手立てはなかったという。

 

 謎という点では、報告例の異常な少なさも特徴の一つだ。なんと最初の発見から現在までの約100年間で、しかも全世界で報告例はたったの18例(しかも、うち3分の1にあたる6例は日本に集中!)。あまりの少なさから「芽殖孤虫は寄生虫界の都市伝説?」などと言われることもあったそうだが、症例が少ないということは研究もなかなか進まないということ(犠牲者が少ないのはいい話なのだが……)。

 

 そしてもう一つ、芽殖孤虫の異常かつ不気味な点は、致死率の高さだ。

 

 後で紹介する宮崎大学の研究チームによる調査によれば、18例のうち8例にあたる全身の皮下に寄生するタイプの場合、なんと87.5%が芽殖孤中症を原因として亡くなっているという。ネットやYouTubeなどで「致死率100%の寄生虫!」などと派手な見出しが出るが、確かに、異常なほどの致死率の高さだ。

 

 ただし、同じ調査論文によれば、残り10例にあたる皮膚ではなく内臓などで増殖するタイプの死亡率は約30%。また、後の症例によっては駆虫薬や外科的な治療により助かった例もあるという(なので、この記事でも「致死率100%!?」「致死率ほぼ100%」など、ぼかしております。閑話休題)。

 

■全世界で「芽殖孤虫の謎」を追う研究者たち

芽殖孤虫

ミシオネス国立大学の研究チームが撮影した「芽殖孤虫の成虫」とされる画像。

画像:ResearchGateより

 こうして「都市伝説級の寄生虫」「致死率(ほぼ)100%」などと言われた芽殖孤虫だが、世界中で研究者がこの謎の寄生虫の正体を掴むため、100年以上試行錯誤を続けてゆく。例えば発見当初から、同じ条虫であるマンソン裂頭条虫の亜種や、がウイルス変異したものではとの説も唱えられた。

 

 ちなみに、この寄生虫が引き起こす「マンソン孤虫症」は、カエルやスッポンなどを中間宿主として人間や犬猫に寄生した後、全身に腫瘤(コブ)が発生し、しかも体内を移動する(気持ち悪!)という。さらに最悪の場合、失明や死に至る(なかには陰茎に寄生した例も!)。

 

 さらに、南米アルゼンチンでは、2020年にミシオネス国立大学の研究チームが、クルマに轢かれたジャガーなど野生のネコ科動物の死体から、寄生虫を摘出し検査したところ「芽殖孤虫の成虫」と推測されるものを発見し、ネコ科動物が最終宿主である可能性を指摘した(注1)

注1/ただし、ここで発見されたものは芽殖孤虫とは別種の可能性を指摘されていると。詳細は後述。

 

■「奇跡のバトン」で遂に謎の解明へ

目黒寄生虫館

芽殖孤虫に関する世紀の大発見で重要な役割を果たした目黒寄生虫館(ぜひ、一度見学を。楽しいですよ!)

画像:Laika ac from USA, CC BY-SA 2.0 , via Wikimedia Commons

 そして、遂に2021年、「謎の寄生虫」が初めて発見された日本で、芽殖孤虫の正体に迫る画期的な報告がなされた。

 

 先に名前を挙げた宮崎大学をはじめ、国立科学博物館東京慈恵会医科大学を中心とした国際共同研究によって、芽殖孤虫の全ゲノム(遺伝子情報)を解析し、この謎の寄生虫が、前出のマンソン裂頭条虫の変種ではなく独立した条虫の一種であること、さらに、成虫にならず幼虫で一生を終える「真の孤虫」であることなどを明らかにしたのだ。

 

 しかも、この画期的な研究、実は奇跡の連続で生み出されたものだという──。

 

 そもそものきっかけは日本から遠く離れた南米・ベネズエラ1981年、患者から摘出された芽殖孤虫が、実験用のマウスに代々移植しながら、生体で保存されていた。すでにこの時点で奇跡に近いファインプレー(!?)だが、さらに90年代初頭、東京大学医科学研究所が、その「生きた芽殖孤虫」の存在を知ることになる。

 

 世界的に貴重な生体標本を譲る研究者などいるわけもないが、熱意溢れる要請の末、なんとか入手。その後、東大医科研で再びマウスからマウスへとバトンが継がれていく。さらに、紆余曲折の末、国立科学博物館を経て、目黒寄生虫博物館がバトンを受け継ぐ(注2)

注2/目黒寄生虫博物館の倉持利明館長が、東大教員時代から国立科学博物館、現在と、営々と維持してきたとのこと。今回の発見の陰の立役者(拍手!)。

 

 こうして、40年を超える奇跡的なリレーによって、すでに寄生虫のゲノム解析を行なっていた宮崎大学にバトンが渡され、今回の世界的な発見につながったというわけだ。さらに、プレスリリースによれば、特に増殖能力の高い「メデューサ型」(名前が怖いw)では、病原性に関係すると考えられる謎のたんぱく質も見つかっているという。

 

 発見から100年以上、謎に包まれていた芽殖孤虫の正体が明らかになり、外科手術しかほぼ手立てがなかった治療にも光が見えてきた。ただ、発表では「そもそも、なぜこんな不可解な生物が生まれたのか?」という謎が残っており、今回の発見は、この大いなる謎を解き明かす第一歩だ、と結んでいる。さらなる発見を期待したいところだ。

 

 

【参考資料】
「謎の寄生虫「芽殖孤虫」のゲノムを解析─謎に包まれた致死性の寄生虫症「芽殖孤虫症」の病原機構に迫る─」宮崎大学プレスリリース2021年5月31日
「Human proliferative sparganosis update」
Parasitology International 2019年12月 (リンクはScience Directより)
「「芽殖孤虫」──研究者とネズミがつないだ伝説の寄生虫【時流◆寄生虫のはなしVol.5】」m3.com 臨床ニュース2022年6月2日掲載記事
「First identification and molecular phylogeny of Sparganum proliferum from endangered felid (Panthera onca) and other wild definitive hosts in one of the regions with highest worldwide biodiversity」International Journal for Parasitology Parasites and Wildlife 2020年9月(リンクはResearchGateより)

「On a New Cestode Larva Parasitic in Man (Plerocercoides prolifer)」飯島魁/東京帝國大學紀要. 理科 巻20 (東京大学学術機関リポジトリより