■アメリカで起こった奇妙過ぎる銀行強盗事件

事件で使われた改造ショットガン

事件で実際に使われたステッキを模した改造ショットガン

画像:FBI,Public Domain,via Wikimedia Commons

 今から20年前の2003年8月28日、アメリカ合衆国ペンシルバニア州エリーで10年以上「ママ・ミーアズ・ピッツェリア(Mama Mia's Pizzeria)でピザ配達人として働いていたブライアン・ウェルズ(当時46)という男が、郊外にある銀行に押し入った。

 

 ウェルズはステッキのような改造ショットガンを突き出して窓口係の女性にメモを渡し、15分以内に25万ドル(約1656万円)を出すように要求。いくら銀行とはいえ、そんな大金を短時間で用意することはできず、窓口係は8702ドルの入った袋を渡すと、ウェルズはそれを持って銀行を出た。

 

 強盗事件発生からたった15分後、地元警察はウェルズを現場近くであっさり逮捕、手錠をかけて駐車場の地面に座らせた。だが、彼は警官に向って、

 

「知らない黒人男性3人にさまざまな課題をクリアしないと首に巻いた爆弾で殺す、と脅されているのだ」

 

 と奇妙な証言をしたという。そして、実際にウェルズの首には不気味な首輪が付いていた──。

 

■FBI史上、最も複雑怪奇な犯罪

Brian Wells
哀れな銀行強盗犯、ブライアン・ウェルズ

「なんで、誰も私を助けてくれないんだ!」

 

 首に爆弾を巻きつけられた状態でウェルズは取り囲んだ数十人の警官に対して叫んだ。彼は犯人たちによって銀行強盗を命じられ、従わないと殺されてしまうし、時限爆弾でもう時間がないんだと繰り返し主張した。

 

 まるで映画のような荒唐無稽なストーリーだ。果たしてウェルズが言っていることは、本当のことなのだろうか‥…? 現場の警察官もさぞ困惑したことだろう。当初は爆弾処理班も呼ばず、ただ野次馬を下がらせて、遠巻きに哀れな銀行強盗犯を監視するだけだったという。

 

 1995年公開の映画「ダイ・ハード3」では、ブルース・ウィリスが演じる主人公のジョン・マクレーンが犯人に脅されニューヨーク中を奔走させられるが、この事件はフィクションではない。ただ、後に捜査を担当したFBI(米・連邦捜査局)自らが「FBI史上でも有数の、極めて複雑怪奇な犯罪のひとつ」と記したほど、謎の多い事件で、銀行強盗はこの世にも奇妙な事件の始まりに過ぎなかった。

 

 事件の全体像を眺めるため、ここでウェルズの証言をもとに少し時間を巻き戻してみよう──。

 

■ピザを配達に行ったはずの男がなぜ……?

(地図の左手に伸びる未舗装路の先に事件現場となったテレビ塔がある)

 

 事件当日、ウェルズは勤務していたピザ店で、2枚のビザを届けてくれとの電話注文を受けた。届け先の住所は「ピーチ・ストリート8631番地」。現在はクルマが行き交いカーディーラーや郊外型の住宅が立ち並ぶ大通りから、森の奥へとつながる脇道を折れた先、テレビ塔がぽつんと立っているだけのひと気のない場所だった。

 

 ピザを届けに行ったはずのウェルズは、テレビ塔の下で複数の人間に銃で脅され、首に時限爆弾を仕掛けられてしまう。そして、改造ショットガンと9ページにわたって事細かく指示が書かれた手書きの”犯罪マニュアル”を渡されたという(注1)

注1/ただし、指示書の現物はあるものの、経緯については事件後にブライアンの遺族が証言したもの

 

 指示が書かれたメモには、爆弾を解除する「鍵」を入手するための課題が列挙されていた。そして、指示書の最後には、

「ACT NOW, THINK LATER OR YOU WILL DIE!(考える前に行動しろ、さもなければ死ぬぞ)」

 と不気味な一文が記されていた。

 

 なお、後に警察が指示書の内容を検証した結果、指示どおりに動いたとしても、ウェルズが起爆前に爆弾を解除するのは不可能だったことが判明した。しかも、彼が着させられた白いTシャツの胸には不運なピザ配達人や捜査陣を嘲笑うかのように「GUESS(推理しろ)」という文字が描かれていた──。