■初代天皇から数えて5代前の祖先

アマテラス

幼い頃の(?)アマテラス。父イザナギ、母イザナミも驚くオーラが……?

画像:河鍋暁斎、PD, via Wikimedia Commons

 連載第3回”地味な弟・ツクヨミ”に比べ、日本神話のスーパースターとご紹介したアマテラス(天照大神)。その際に「天皇家のご先祖様」と説明したが、具体的には以下のとおりだ。アマテラスの長男がアメノオシホミミで、その子がニニギ。そこからホノオリ、ウガヤフキアエズとつづき、アマテラスから数えて5代目にあたるのが初代天皇であるカンヤマトイワレビコこと神武天皇だ。これがアマテラスを天皇家の祖先とする由来である。

アマテラスから神武天皇までの簡単な系図(編集部作成)

 日本神話における神様のナンバーワンだし、しかも女神様なので、おしとやかで高貴なイメージを抱きがちだ。その姿を描いた絵画でも、白い着物に赤いはかまをはいた巫女さんのような姿であらわされている。

 

 しかしアマテラスは、けっしておとなしいお嬢様ではない。高貴であるのはたしかだろうが、たけだけしい性格の持ち主で、しかも、かなりわがままでもあったのだ。

 

 連載第3回で説明したが、保食神(うけもちのかみ)を斬り殺した弟ツクヨミに対し、アマテラスは絶交を告げている。そして、末っ子のスサノオが彼女が治める神の国、高天原(たかまがはら)へ会いに来たとき、アマテラスは快く迎えるどころか、武装して追い返そうとしているのだ。

 

 

■ママに会いたいと泣き叫ぶ大男

スサノオ

後にヤマタノオロチ退治など大活躍するスサノオも母が恋しかったようで……

画像:月岡芳年 PD, via Wikimedia Commons

 父親のイザナギに海を治めるよういわれたスサノオだが、海の国には赴かず朝から晩まで泣きわめいていた。まるでオモチャかお菓子をほしがる幼児である。ただし、子どもと違うのは、あごヒゲが伸びて胸に届くまでの長期間、泣き続けたことだ。

 

子どもにヒゲは生えないし、どんなにほしいものがあっても、そこまで泣くことはない。純情といえば純情だが、途方もなく長い“イヤイヤ期”とも言える。後に荒ぶる神として恐れ敬われたスサノオの意外な一面だ。

 

さらに、スサノオの泣き声はすさまじく、海は干上がり、山の木々が枯れ、悪神が湧き出して災害が吹き荒れたという。これには、イザナギもほとほと困ってしまい、スサノオに「どうして、そんなに泣くのだね?」とやさしくたずねる。するとスサノオは「ママが恋しいの。ママのいるところへ行きたいの」と訴えた。

 

 スサノオの“ママ”とはイザナミのこと。そしてイザナミがいるところといえば、死者の暮らす黄泉国(よみのくに)だ。「根の国」もしくは「根の堅洲国(ねのかたすのくに)ともいう。

 

 イザナギは、トンデモなく酷い別れかたをした(※詳細は連載第2回参照)、元奥さんのいる国に行きたいというスサノオに激怒し、「勝手にせえ!」と追放してしまった。ちなみに、この逸話以降、イザナギは神話の舞台から退場している。ご苦労様でした。

 

 父親に見放されたスサノオは、根の国に行く前に姉のアマテラスにあいさつをしようと高天原にのぼる。このとき、スサノオの動きで山河がことごとく鳴り響いたという。スサノオは、かなりの大男だったのだ。

 

 

■早合点で戦準備を整えた姉神

スサノオ

島根県に伝わる石見神楽に登場するスサノオ。こんなひげもじゃの大男が迫ってきたら、そりゃアマテラスも…… 。

画像:Shutterstock

 この震動に驚いたのがアマテラスだ。「いったい何事!」と確認すると、ひげもじゃで、多分、髪の毛もざんばらの大男が自分の治める国へよじ登ってくる姿。弟といえども、用心しないわけがない。

 

「あの子はきっと、わたしの国を奪おうとしているのよ。そうよ、そうに違いないわ」

 

 ある意味、早合点でもあるが、アマテラスはスサノオを迎え撃つため、戦いのための衣装を整えた。髪を束ね、頭や両手に勾玉を貫き通したひもを巻きつけ、背中には千本、脇には500本の矢をたずさえ、弓を振り立てて太ももがめり込むほど地面を踏みしめ、雪のように地を蹴散らしながら立ちふさがる。

 

 これが、アマテラスがスサノオを待ち受ける姿である。戦う意思が満々だ。こうして臨戦態勢を整えたアマテラスは、おっちらおっちらとのぼってくるスサノオに、

 

「なんの用なの! 答えによっては承知しないから!」

 

 と告げる。そんな姉の格好と言葉に肝を冷やしたのがスサノオだ。

 

「いやいや、なにも乱暴をはたらこうという意思はございません。母上のところに行きたいと父上にいうと、父上はわたしを追い出してしまいました。だから、母上のところに行く前に、姉上に説明といとまごいをしようと思って……」

 

 図体はでかいが、スサノオは気が弱そうだ。泣きべそをかきながら、弁明したかもしれない。繰り返すが、日本最強の荒ぶる神がこのありさま。いかにアマテラスが「おっかないお姉ちゃん」だったかわかるエピソードだ。

 

 

■神様は「生まれる」のか「現れる」のか?

アマテラス

日本神話最強の神スサノオもビビらせるなんて、アマテラスが実は最強!?

画像:歌川国貞/三代豊国・画,PD,via Wikimedia Commons

 身を縮めて誤解を解こうとするスサノオだが、アマテラスの疑いは晴れない。「じゃあ、証拠を見せなさいよ、証拠を」とスサノオを問い詰める。そして、(証拠と言っても…)と答えに窮したスサノオは、こんな突拍子もない提案をしたのだ。

 

「じゃあ、姉上とわたしで誓いを立てて子どもを生みましょう」

 

「一緒に子どもを生もう!」といっても、スサノオはけっして姉との近親相姦を望んだわけではない。互いの持ち物から誕生した子ども(この場合は神)の性別で、邪心があるかどうかの判断を示そうというものだ。

 

 となれば、神様はいとも簡単に誕生するもの、というふうに思ってしまう。ただ、そもそも神に「生まれる」という概念が存在するのかどうかという問題もある。

 

 神道は「アニミズム」のひとつとされ、神羅万象あらゆるものに神が宿るという考え方がある。したがって、神は「誕生する」のではなく、何らかの力や現象が加わることで「姿を現す」と捉えることもできる。イザナギとイザナミのセックスで多くの神が出現したが、男女の交わりがなくても神は現れるわけだ。

 

 それはともかくとして、スサノオはアマテラスと誓約(これを「うけい」という)を交わすことで、身の潔白を示そうとしたのである。

(第4回・後編につづく)

 

【参考資料】
『古事記(上)全訳注』次田真幸・訳注(講談社学術文庫)
『日本書紀(上)全現代語訳』宇治谷孟・翻訳(講談社学術文庫)
『「作品」として読む古事記講義』山田永・著(藤原書店)
『古事記講義』三浦佑之・著(文春文庫)
『本当は怖い日本の神様』戸部民夫・著(ベスト新書)
『神道入門 日本人にとって神とは何か』井上順好・著(平凡社新書)