■冷静に考えれば勝ち目のない相手
美少女のクシナダにひとめぼれしてしまったスサノオ。だが、クシナダを手に入れるためには、とんでもなく巨大で凶暴なヤマタノオロチを倒さなければならない。
頭が八つに尾が八つ。頭三つに尾が二本なら、ゴジラやモスラと戦ったキングギドラではある。だが、ヤマタノオロチはキングギドラなど問題にならないほどデカい。どんなにスサノオが大男でも、まともな方法で勝てる相手ではない。
「やっぱり、やめようかな……」
第4回の前編で紹介した通り、スサノオは母親を慕って泣きわめくようなマザコンだ。高天原での乱暴も、子どもじみているといえなくもない。臆病風に吹かれても、おかしくはないはずだ。
しかし、勇者だと勘違いしているアシナヅチにテナヅチ、そしてクシナダヒメ。クシナダは、「わたしを助けてくれるなら、この人のものになってもいい」とばかりに、うっとりとした表情でスサノオに熱いまなざしを送っているに違いない。
「クソ! なにか妙案はないか」
スサノオは頭を悩ませることになる。
■酒を飲ませて泥酔させる作戦
オロチとは大蛇のことで、ウワバミともいう。ウワバミのウワは「上」、バミは「食み」。の意味。大蛇が大きく上あごを開けて大量のエサを丸のみする様子から、そう呼ばれるようになったという。転じて「大量の酒を飲む=大酒呑み」もウワバミという。
ウワバミという言葉が使われはじめたのは15世紀ごろからといわれているが、大蛇がエサを丸呑みするのは、神様の時代も同じだ。スサノオは、オロチが呑んべえに違いないとにらんだ。
「そうか、酔わせちまえばいいんだ」
べろんべろんに酔いつぶしてしまえば勝ち目はある。卑怯といわれればそれまでだが、真正面から勝負を挑んで勝てるわかがない。
そこでスサノオはアシナヅチとテナヅチに命じる。
「ウオツカやテキーラみたいな、すっごく強烈な酒をつくってほしい。そして垣根をつくって八つの門を構え、門ごとに桶を置いて酒を満たし、オロチを待つことにしよう」
早速、準備を整える老夫婦。そしてしばらくすると、オロチが姿を現したのであった。
■想像を絶する巨大さのヤマタノオロチ
恐竜のなかでも最大級とされるアルゼンチノサウルスやマメンチサウルスは、体長が30メートルから35メートル。アンフィコエリアスは60メートル級だとされているが、実在が疑問視されている。
それはともかくとして、八つの山と八つの谷の間にひろがるというヤマタノオロチは、これらの恐竜をはるかにしのぐ大きさだ。さすがのスサノオも、異形の怪物を見て度肝を抜かれたことだろう。足がすくんで、動けなくなったとも推測できる。
「こりゃ、まともに戦って勝てる相手じゃないな……」
そう納得したスサノオは、しばらくオロチの様子をうかがう。すると、酒桶を見つけたオロチは、さっそく顔を突っ込んでぐびぐびと飲みはじめた。
「ああ、長旅の疲れが溶けていく~♪」
■長旅の疲れで泥酔する怪物
実は、ヤマタノオロチの棲みかは出雲から遠く離れた高志国(こしのくに)。のちに「越国(こしのくに))」と改名され、それが区分されて越前国・越中国・越後国となる。つまり、現在の福井県・富山県・新潟県だ。北陸から出雲(現・島根県)までの長い距離を、どのようなルートをたどったのか気にかかるところだ。
酒好きの人ならおわかりいただけるかと思うが、疲れがたまったときに酒で身体を潤すと、筋肉がほぐれていく気がする。それこそ、疲労がアルコールで溶けていく、という感覚が得られるのだ。
「とりあえずビール」ではなく、最初の一杯が度数の強烈なアルコール。それをストレートでグビグビ飲み干すのだから、たちまち酔いが全身にまわる。
ヤマタノオロチが酒好きだとするスサノオの読みは当たった。桶の中の酒を飲み干したオロチは酔っ払い、その場で寝落ちしてしまうのだった。
■新妻をゲットして、めでたし、めでたし
チャンス到来とばかりに、スサノオは携えていた剣を抜く。
「コノヤロー、コノヤロー!」
泥酔していたオロチは、反撃しようにも身体が動かない。それをいいことに、スサノオはオロチをズタズタに切り刻んでしまう。不幸中の幸いといっていいものかどうか、酔いつぶれたオロチは、痛みも感じなかったであろう。
真っ向勝負を避けた、スサノオの作戦勝ち。このとき、オロチの尾から1本の剣が現れる。名を「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」といい、いまに伝わる三種の神器の一つである。
クシナダの命を救ったスサノオは、約束通りに妻とする。新居を出雲の須賀に求め、それが島根県雲南市に鎮座する須我神社だとされている。
須我神社で新婚生活を送るようになったスサノオは、神話の舞台で派手な活躍を見せることもなくなった。そして、次に登場するのはスサノオの子孫だとされるオオナムチ。日本神話におけるヒーローの一人、大国主命(おおくにぬしのみこと)である。
『古事記(上)全訳注』次田真幸・訳注(講談社学術文庫)
『日本書紀(上)全現代語訳』宇治谷孟・翻訳(講談社学術文庫)
『「作品」として読む古事記講義』山田永・著(藤原書店)
『古事記講義』三浦佑之・著(文春文庫)
『本当は怖い日本の神様』戸部民夫・著(ベスト新書)
『神道入門 日本人にとって神とは何か』井上順好・著(平凡社新書)
『三種の神器 <玉・鏡・剣>が示す天皇の起源』戸谷学・著(河出書房新社)
『三種の神器』稲田智弘・著(学習研究社)
『八百万の神々 日本の神霊たちのプロフィール』戸部民夫・著(新紀元社)
『古代史悪党列伝』関裕二・著(主婦と生活社)