■睡眠学習は本当に効果があるのか?
睡眠学習 という奇妙な学習法がある。寝ているあいだにテープを流すとその内容が記憶され、寝ているだけで成績はバンバン良くなり、ネイティブのように外国語を話せるようになる……らしい。
そんなアホな。靴屋の小人じゃあるまいし、寝て朝になったら靴ならぬ試験勉強が完了なんて、都合のいいことがあるわけがない。とまあ普通は思うだろう。
ところが昭和脳は恐ろしい。1960年代から70年代に睡眠学習のブームが起き、寝ているあいだに自分で吹きこんだテープを再生するだけという、睡眠学習マシンがなんと50万台も売れたのだそうだ。睡眠学習機を売った会社は寝ているあいだに大儲けできたわけで、目ざとい商売人はいつの時代にもいるものだ。
実際のところ、睡眠学習は本当に効果があるのか? YouTubeを探すと、寝ているあいだに英単語5000語習得できる動画やら寝ているあいだに英会話が学べる番組がいくらでも出てくるし、メンタリストDaigoは「英単語を覚えるには睡眠学習が使える」と自分のチャンネルで言っている。マジか。
海外のサイトには睡眠学習の専門サイトもあり、旧ソ連の技術を使って、外国語習得に驚異的な結果が出たとある……ただし、そのすぐ下にクレジットカードかペイパルの選択画面が出てくるが。
果たして睡眠学習は科学的にあるのかないのか?
■アメリカでは70年前に否定されていた?
実は、睡眠学習ができるできないの論争は、一度決着がついている。
1950年代にアメリカで多くの実験が行なわれ、睡眠学習はできないと完全に否定された。ところが、なぜかその直後の1960年代から日本で睡眠学習ブームが起きるわけだ。もしかしたら「アメリカでだぶついた在庫を押し付けられたんじゃないか……」と疑いたくなる。陰謀だ、陰謀!
それから40年後の 1992年にアリゾナ大学で、睡眠中に流した言葉を起きてから覚えているのかどうかを確認する実験が行なわれた。(※1)
※1「Implicit and Explicit Memory for Verbal Information Presented during Sleep」(Psychological Science Volume 3 Issue 4, July 1992
10人の被験者に、睡眠中テープで、英単語で同音異義語になる12種類のペアを聞かせた。被験者が目覚めてから、睡眠中に聞かせた英単語の試験をすると被験者はまったく覚えていなかった。対照実験として、起きている状態で同じ英単語のテープを聞かせてテストをすると、ほぼ全員が正答した。
要するに、睡眠状態にある被験者が、寝ているあいだに言葉を覚えることはなかったわけだ。となると、やはり睡眠学習で英単語5000語を習得するのは夢のまた夢なのか?
■「睡眠学習はあります!」という実験結果も
ところがどっこい、さらに20年後の2012年、イスラエルの科学チームは「人間は睡眠中に新しく情報を学習できる」という論文を発表した。(※2) 「科学の常識」はいつもコロコロ塗り替えられるものだが、ということはやはり睡眠学習は本当にできるということ?
※2「Humans can learn new information during sleep」(Nature Neuroscience volume 15, pages1460?1465 2012)
ただし、この時の実験で使われたのは英単語ではなく、音と匂いだ。心地よい匂いと不快な匂いをさまざまなトーンの音と組み合わせて、就寝中に流す。寝ているあいだでも、被験者は心地いい匂いは嗅ごうとして鼻を動かし、不快な匂いは避けようとする。
音と匂いの組み合わせ実験を 何度もやってから、睡眠中に音を鳴らすと、不快な匂いに関連付けられた音では逃げようとするようになったという。つまり、寝ているあいだに音と匂いを覚えたのだ。
「ほら見ろ! この実験が示すとおり音と匂いを覚えたんだから、睡眠学習はあるんだ!」
と言われても、そういうことじゃないんだよ、と思う読者も多いだろう。ご飯の時にベルを鳴らすと、ベルを鳴らしただけでよだれを流すようになったパブロフの犬の実験を寝ている人間でやったようなものだ。ご飯の代わりに匂いを嗅がせただけ。
そもそも、寝ているあいだに音と匂いを覚えたから、だからなんだよという気がする。