■連続怪死事件「パタヤ・シンドローム」とは?

コンドミニアム
典型的なコンドミニアムのベランダ。構造的に転落事故が起こりやすいとの指摘も。(写真はイメージ。記事中の事件とは関係ありません)

 筆者・カワノアユミが2024年現在、短期滞在中しているタイのパタヤで不可解な出来事が起きている。パタヤの高層ホテルやコンドミニアム(注1)で転落死などの不審死が相次いでおり、「パタヤ・シンドローム」などと恐れられているのだ。

注1/日本でいうマンションのような建物でタイに住む駐在員や長期滞在する人が住む。 低層タイプから30階を超える高層タイプまでさまざまなタイプがある。

 

 今年2024年6月1日から8日までのわずか1週間ほどで、すでに5件の怪死事件が起こっている。さらに不気味なのは、1月末から2月にかけても同様に4件連続で起こっているのだ。

 

 ここまではパタヤの話だが、タイ全土に目を向けると、日本人の犠牲者も確認されている。今年2024年2月にはタイ東部のコンドミニアムで40代の日本人男性が転落死。4月にはバンコクのホテルで50代の日本人男性が転落死する事故が起きており、地元の報道ではどちらも自殺と見られている。

 

 パタヤをはじめタイ各地で続発する怪事件。日本人含め多くの犠牲者が出ている現在進行形のきな臭い話だが、タイではいま、いったい何が起きているのか? まずは地元の夜街の女性たちに噂について聞いてみた。

 

■海外赴任の激務で心を病む日本人も

パタヤ
外国人の酔客で賑わうパタヤの夜街。きらびやかなネオンの陰で不可解な連続死が……。 画像:Shutterstock

「噂は知ってるけど、だいたい日本人は働きすぎネ」

 

 そう話すのはパタヤの夜の店で働くタイ人の女の子。彼女は続ける。

 

「私のお客サン、日系企業で働いているケド、朝4時から夜の11時まで仕事シテル。タイ人からしたら考えられない」


”微笑みの国”として知られ、ツーリストにとっては楽園ともいえるタイだが、現地で働く人にとってはまた違う一面があるようだ。事実、日本からタイに渡った駐在サラリーマンや現地で職を得た日本人の中には、激務や慣れぬ土地での仕事のストレスから、心を病む人がいるのは決して珍しいことではないそうだ。

 

 実際、数年前タイに長期出張していた、さる大手企業の男性社員が転落死したのだが、「業務上の過大なストレスが原因」と労働基準監督署から労災認定されたことが今年になって明らかになった。

 

 タイが好きな自分からすれば、タイで働けること自体がありがたいと思うが、多くの出張者や駐在員はタイが好きで自ら望んで来ているわけではない。それを改めて思い知った。

 

■「楽園での孤独」が外国人を死に誘う?

タイ

ツーリストにとって天国のような国・タイだが、一歩間違えると孤独地獄が……。

画像:Shutterstock

 また、パタヤ在住の男性からはこんな証言も聞かれた。

 

「タイ…特にパタヤにリタイヤして住んでいる日本人は貯金のみで生活しています。さらに独身だと夜のタイ人女性を恋人にする人も多い。タイ人の恋人名義でマンションや車などを買って、別れたときに一文なしになるケースも少なくありません。

 定年退職者は日本に帰っても仕事がないので、帰ることもできず『生活保護を受けるしかない』と言う人もいます。また、独身で家族もいない人は日本に帰っても頼れる人がいない。そういう日本人がタイで自殺する……という話をよく聞きますね」

 

 日本人の中にタイで自ら死を選んでしまう人がいる理由は、なんとなくわかった気がする。実際、今年2024年6月に外務省が異例の調査「海外における邦人の孤独・孤立に関する実態把握のための調査」(注2)を発表し、海外における孤独の危険性について警告を発している。

注2/出典:報道発表「海外における邦人の孤独・孤立に関する実態把握のための調査」

 

 ただ、実は「パタヤ・シンドローム」の犠牲者のほとんどはファラン(地元の言葉で「欧米人」を指すもの)なのだ。国籍はさまざまでイギリス、アメリカ、ドイツなどからロシア、ルーマニアまで幅広い。また、年齢を見ると40代~60代の中年・熟年男性が多かったのはタイで命を絶った日本人の傾向と同じものがあった。キラキラした楽園リゾートで孤独に陥ると、一気に闇落ちするのかもしれない。

 

 ただし、連続怪死事件で転落死、あるいははっきり自殺と地元紙が報じた理由を調べてみると、金銭問題やアルコールまたは薬物のトラブルなどが多く見受けられた。

 

■タイ人が自殺をひどく嫌がる意外な理由

パタヤの夜街。ここで筆者カワノは連続怪死事件に関する重要な証言を得た。

 欲望や男女の色情が渦巻くパタヤで外国人の自殺が多い理由はなんとなくわかる気がする。では、タイ人は外国人が自ら命を絶つことに対してどう思っているのだろうか。夜の店の女の子に話を聞くと……。

 

「タイ人は基本的に自ら命を絶たナイ。自殺するとタンブンが無駄になるカラ」

 

 タンブンといえば、覚えている読者の方もいるかもしれないが、筆者もかつてタイの寺で生き物を逃がすタンブンをしたことがある(連載第18回参照)。タンブンとはタイ語で「功徳を積む」という意味で、仏教の教えで云う来世で良い状態で生まれ変わるために行なうことだ。

 

 信仰心の篤いタイの人々は日々の生活の中で「功徳」を積むことをとても大事にしている。そうして積み上げた功徳が仏教的にも大罪である自死を犯すことで、チャラになってしまうのだから、私たち日本人以上に自ら命を絶つことに忌避感が強いのだろう。

 

夜街の女性から驚くべき証言が!

 

 タイ人が自死を忌避するのはわかったが、一方で、先ほどの女の子はタイならではのこんな驚くような話を教えてくれた。

 

「恋愛がもとで自殺する人はいないけど、タイは恋人を殺す事件がよく起きる」

 

 ストレートな愛情表現と情熱的な性格で恋愛大国ともいわれるタイ。その情熱的過ぎる恋愛感情ゆえか、痴情のもつれなのか、タイでは毎日のように恋愛絡みによる事件が報じられている。

 

「あんまり恋愛がらみの事件が多いから、タイではそうした事件が起きると“ピー”が取り憑いたせいだと思う人も少なくないんだよネ」

 

 夜の店の子が続ける。前回記事でも書いたが、タイ人はピー信仰といって、幽霊や精霊の存在を信じている人が多い。中でも有名なのは「ピー・ガスー」と呼ばれる女性のピー(お化け)だ。

ピー・ガス―

タイに伝わる悪霊「ピー・ガス―」の想像図。

画像:Xavier Romero-Frias, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons

 ピー・ガスーは昼間は人間の女性に憑依しているが、夜になると頭と内臓が身体から抜け出て浮遊し、鶏の内臓などの汚物を好んで食べるとされる。「首(と内臓)だけが夜中に飛び回る女性の化け物」という怪談、都市伝説は、実はタイをはじめアジア全域で広く伝えられている。また、「日本の妖怪『ろくろっ首』の源流がこれでは?」と指摘する研究者もいる。それだけメジャーなお化け(?)ということだ。

 

 しかも、日本のろくろっ首と違い、タイではいまなおその実在が囁かれているという。実際、2020年にはタイのとある農村で蛙を食べるピー・ガスーが村人に目撃されており、テレビでも報道されている。21世紀になったいまでも、タイの人がいかにピーの存在を信じているのかがわかる。

 

■連続怪死事件の背後に悪霊の存在が!?

ピー・ガス―
タイでは体や心の不調の原因も「悪いピーが取り憑いたから」とされることも多い。 画像:Shutterstock

 タイ人いわく、ピー・ガスーは普段は人間の女性に憑依しているので、人間の男性と結婚して子供を生むこともあるという。ちなみにその子供もピー・ガスーになると言われているのだとか。

 

 また、ピー・ガスー同様に知られているのがピー・ガハンだ。こちらは男のピーで、もともとは祈祷師だったが呪術で人を傷つけたために地獄に落ち、悪霊ピー・ガハンとなったとされる。夜な夜な米搗き棒に股がって空を飛び、汚物や生きたままの鶏などを食べるといわれ、ピー・ガスーとは恋人関係だが、時に憎しみ合って相争うという。

 

 タイの伝統的なお化け(ピー)までもが恋愛関係で、さらに喧嘩をするのであれば、それが人間に取り憑いて恋人を殺すのは不思議なことではないのかもしれない。タイで自殺した外国人男性も知らず知らずのうちにピー・ガスーと恋に落ちて、死に引きずり込まれてしまったのだとしたら……?

 

 相次ぐ怪死事件の裏に、ピーの存在を思わずにはいられないのであった。