うちの子どもをいい大学に入れていい生活をさせてやりたい! そのためには幼稚園から大学まで一貫校で、だったらお受験? 早期教育? 2歳で字が読める○○さんちのお子さんや3歳で英語がしゃべれる○○ちゃんが気になりだすとお母さんの不安は止まらない。未就学児に行なう早期教育。やるべきか、やらざるべきか? 最新科学の答えはこれだ。
■早期教育のはじまりは古代ギリシア
早期教育の始まりは、なんと古代ギリシア時代だ。プラトンやアリストテレスなどギリシアの哲学者は、幼児期の教育が大人になってからの道徳や知力に重要だとして早期教育の重要性を説いていた。
18世紀になると、近代を代表する思想家ジャン=ジャック・ルソーが『エミール』を発表する。エミールという孤児がルソー本人が扮する家庭教師から教育を受け、大人になっていく。その過程を通じて、幼児期から青年期まで生涯教育の大切さを説いた。
それから約100年、1839年に世界で初めてフリードリッヒ・フレーベルが幼児教育の指導者養成機関を設立し、幼稚園も作った。現在の積み木や知育玩具を使った遊びや歌、運動を取り入れた幼児教育の骨子はフレーベルが作り上げた。
■子猫の片目を縫い合わせる実験?
20世紀に入ると、心理学をベースにしたさまざまな幼児教育が登場する。ただし、当初は情操教育が中心で、1歳児に英語を習わせるようなものではなかった。それが戦後になって小学校教育の先取りや語学教育、音楽教育を早く行なうことに変わったのは、「脳の臨界期」が発見されたためだ。
1960年代、脳神経学者のデイヴィッド・ヒューベルとトルステン・ウィーセルは、視覚の発達を調べるため、子猫の片目を縫合して脳の中で視覚を扱う部位の応答を調べていた。数カ月後に縫合を外すと、子猫の脳は縫合していた目からの情報には反応しなくなっていた。
かわいそうな子猫は、視神経に異常がないにもかかわらず、片目が見えなくなったわけだ。大人の猫で同じ実験をしたが、すぐに神経は回復し、両目とも見えるようになった。いったい、子猫の目と脳に何が起こったのか?
■臨界期を超えると脳の成長は止まる?
子猫の目を縫い合わせる実験と同じことを子猿で行なうと、やはり片目だけが見えない、もしくは片目が極端な弱視になった。幼少期に、一定期間、刺激を受けないと脳の神経が成長せず、その後に障害が取り除かれても脳の神経は復活しないらしい。つまり脳は成長できる時期が決まっていることになる。
脳が成長するには、生まれてから数カ月~数年が勝負で、それを超えると、もはやその部位の神経が育つことはない……この脳の成長の限界を「脳の臨界期」と呼ぶ。
ヒューベルとウィーセルの実験以後、次々に衝撃的な事実が発見された。心理学者のジェニー・サフランらによると赤ちゃんが言語の発音を習得できる限界は10カ月前後で、それを超えると、英語のRとLの違いのような正確な発音の聞き分けは難しくなるという。
また、脳が文法を自然に習得できるのは2~4歳までで、それ以降はいわゆる勉強として体系づけた学習がないと文法の理解は困難になる。
■「3歳児神話」はこうして生まれた
音楽の能力獲得にも臨界期があり、生後数カ月から5歳までに音楽のリズムやメロディを理解し、習得するため、この時期に音楽に触れないとリズム感がズレた子になる。聴覚神経がもっとも活発な時期で、絶対音感もこの時期に身につくらしい。
他にも愛情や社会性、運動能力なども10歳ぐらいまでに身につかないと生涯にわたってマイナスの影響が出るのだそうだ。
こうした脳臨界期仮説(あくまで仮説であることに注意)を受けて、70年代には「3歳児神話」なる疑似科学も登場した。簡単に説明すると、3歳児までに音楽や語学の能力、安定した人格や高い運動神経は身につき、それ以降は努力しても身につかないというものだ。
そこから母親の教育責任の話になり、いかに母親が幼児教育に重要か、今どきの母親は子どもを放り出して仕事に遊びに利己的だ、戦前の母親はえらかった論にすり替わっていく。共働きが問題になり始めた当時の世相が、3歳児神話を生んだのかもしれない。女も働け、年寄りも働け、と働き方改革を国が進める現在とは隔世の感がある。
しかし、脳臨界期仮説が科学的に正しいのなら、3歳児神話もお母さんたちの早期教育への焦りも基本的に正解ということになる。幼児期を逃すと、二度とキレイな発音も絶対音感も手に入らないのだから。