昔から革命や政変の陰にカリスマ教祖や信者集団がいたことはよくある。そして、ウクライナ戦争を巡ってゴタゴタが伝えられる大国ロシアの中でも……。プーチン露大統領が「最大の政敵」と目されたナワリヌイ以上に恐れているのが、シベリアの「戦うシャーマン」だという。いちシャーマンがなぜ? と思うかもしれないが、そこにはロシア特有の理由があったという。

 

本記事は、島崎 :『呪術の世界史 -神秘の古代から驚愕の現代-(ワニブックス)より一部を抜粋編集したものです。  

  

■プーチンが恐れるシベリアの「戦うシャーマン」 

 

サハ共和国のシャーマン
ロシア国内でも特に多くのシャーマンが暮らすサハ共和国。 画像:shutterstock

 霊媒や口寄せは、国際的にはシャーマンと呼ばれる。青森の恐山(おそれざん)でよく知られるイタコが降臨させるのは先祖の霊が基本だが、海外のシャーマンは間口が広く、自然界の精霊に降臨を願うことが多い。そのなかには政治的な影響力を持つ者もいて、ロシアのアレクサンドル・カビシェフはその代表格である。 

 

 ハーバード大学研究員ビタリ・シュクリアロフが『ニューズウィーク日本版』(2019年11月19日配信)に寄稿した記事「プーチン退治を目指す霊媒師が掻き立てる地方の〈怒り〉」によれば、カビシェフは東シベリアにあるサハ共和国のヤクーツクの人で、日頃からプーチンを「悪魔」と呼び、「戦うシャーマン」を自称していた。 

 

 そのカビシェフが悪魔退治と称し、首都モスクワまで8000キロの距離を歩くと宣言して、同年3月にヤクーツクを出発。道中で支持者を増やしてモスクワに入り、大勢の人びとが見守るなかで悪魔祓いをする計画だったが、行程の3分の1を踏破した同年9月、バイカル湖畔で覆面姿の治安当局者により身柄を拘束された。 

 

 一時は同行する支持者が1000人にも達し、その様子を撮影した動画が数百万回も再生されたことから、当局が動いたようである。 

 

 

■政権への危険度でいえばナワリヌイより上!

 

 また、AFP通信社から12月14日に配信された記事「プーチン氏の〈退治〉を目指した霊媒師、再び旅に出て拘束される」によれば、診察のため精神科病棟に移送されたカビシェフは、「健全な精神状態ではない」と診断され釈放されるが、同年12月8日、同行者2人と犬4匹を連れて再びヤルクーツクを出発。2日後の10日に身柄を拘束された。 

 

 同じくAFP通信社が2020年6月6日に伝えるところでは、再び釈放されたカビシェフは三度目の旅に出ることを発表したために自宅で拘束され、同年5月には精神科病棟へ移送された。6月2日にはヤクーツクの裁判所が強制収容の延長を決定したことから、無期限の収容状態が現在も続いている。 

 

 プーチンが恐れた相手と言えば、今年2024年の2月に獄死したアレクセイ・ナワリヌイの名が一番に思い浮かぶが、「戦うシャーマン」カビシェフもそれに引けを取らないように見受けられる。

 

 ナワリヌイの支持者が都市部に集中していたのに対し、カビシェフはプーチン支持者の多い地方社会で非常に高い知名度を誇る。このため先のビタリ・シュクリアロフは、「ロシア当局は彼の霊力を本気で恐れているのか?」という問いに対し、

 

「プーチン支持者が地方に多く、彼らにとっては首都での数千人規模の集会より、一人のシャーマンの言動の方がはるかに影響力を持ちかねない」

 

 と返答している。

 

■“御用シャーマン”でプーチン政権が反撃

 

プーチン大統領

敵視するシャーマンへ対抗して「奇策」に打って出たプーチン露大統領。

画像:shutterstock

 プーチン政権は第2、第3のカビシェフが現われることを恐れたか、2018年にシベリア南部トゥワ共和国で初めて開催された全ロシア・シャーマン会議で、ロシアの最高位シャーマンに選ばれたカラウール・ドプチュンウールの言動に関し、大々的に報道するようになった。 

 

 同氏は「クマの精霊」と呼ばれるシャーマン集団の指導者でもあり、2023年10月5日に行なった儀式では、リズミカルに太鼓をたたいて呪文を唱えながら「ロシア国民の幸福、健康、繁栄」を祈願するかたわら、ウクライナ侵攻中のロシア軍に祝福を与え、ウクライナのゼレンスキー大統領を「敵」として糾弾、さらにはウクライナ国民によるゼレンスキーの追放を予言するなど、プーチン政権のスポークスマンのごとき発言を繰り返した。

 

 シャーマンによる影響力を同じくシャーマンで相殺しようとの思惑が見え見えである。最高位シャーマンの地位など過去に存在した試しがないこともあり、案の定ロシア国内では、不要な官僚的ポストとする批判の声が上がっている。 

 

──第2回・了。続く第3回は「韓国大統領選で飛び交う呪術」(9月28日18時公開)

 

『呪術の世界史 神秘の古代から驚愕の現代』
島崎晋・著 ワニブックス・刊/定価:本体1500円+税


島崎 晋 (しまざき すすむ)
1963年、東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。専攻は東洋史学。在学中、 中国山西省の山西大学に留学。卒業後、 旅行代理店勤務を経て、出版社で歴史雑誌の編集に携わる。現在はフリーライターとして歴史・神話関連等の分野で活躍中。 最近の著書に『図解眠れなくなるほど面白い戦国武将の話』(日本文芸社)、『劉備玄徳の素顔』 (MdN 新書)、『どの 「哲学」と「宗教」が役に立つか』 (辰巳出版)、『鎌倉殿の呪術 鎌倉殿と呪術 - 怨霊と怪異の幕府成立史』(ワニブックス)などがある。

 

呪術の世界史 神秘の古代から驚異の現代
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