第7回では、道ならぬ恋に走った既婚女性の「誰も傷つけずに夫と別れて彼と一緒に暮らしたい」という都合の良い願いが、縁結びの神様ククリヒメノカミにお参りしたら本当にその通りに叶ってしまったというお話でした。

 

 今回は、その“力技”ともとれるククリヒメノカミの御神徳の源に迫ります。

 

■日本書紀の異説にのみ登場する神

 

日本書紀

日本書紀・第一巻、神代・上の異伝(一書)にのみ登場する謎の神とは……。

画像:Public Domain via Wikimedia Common

 ククリヒメノミコトは、日本神話を収めた歴史書「古事記」には登場しません。最古の正史「日本書紀」の、それも正伝ではなく、「他にこういう説もあるよ」と本書に追加された異伝(一書)に、たった一度きりその名が記されているだけです。

 

「日本書紀」の本書では、天地開闢の最初に現れた11柱7代の神々を「神世七代(かみよななよ)としています。数が合わないのは、後半の4~7代は男神と女神の2柱を1組として1代に数えているからです。

 

 その最後の7代とされるのがイザナキノミコトイザナミノミコトです。一般に夫婦の神とされ、日本の国土を生んだ「国生み」と、多くの神々を生んだ「神生み」で知られています。この2柱で1代と数えられるほど深く結びついた2神の間を取りもったのがククリヒメノカミなのです。

 

 

「見るなよ」と言われたら神だって

 

 イザナキとイザナミは多くの神々を生みましたが、火の神を生んだイザナミは火傷を負って亡くなってしまい、黄泉の国へと旅立ってしまいました。

 

 黄泉の国へ追ってきたイザナキにイザナミは「私の姿を見ないで」と言いましたが、イザナキは言うことを聞かずに見てしまい、膿が沸き立ち、ウジが這い回るイザナミの姿を目撃。驚いたイザナキは「思ってもみない穢れた国に来てしまった!」と来た坂道を逃げ戻ろうとしました。

 

「なぜ忠告を聞かずに私に恥をかかせたのか!」

 

 と怒ったイザナミは、黄泉の鬼女らを遣わして追いかけ、自らも後から迫りました。

 

 イザナキは剣を振るい、いろいろなものを投げつけながら逃げていきます。それでも迫りくるイザナミ。イザナキは巨大な岩で坂道を塞ぎ、向こう側にいる妻に向かって「縁を切る」と誓いました。

 

 

円満とは言い難い別れ方

 

黄泉比良坂・青木繁(部分)

明治時代の洋画家・青木繁が描いた「黄泉比良坂」には逃げるイザナキと追いかける恨みをのんだイザナミの姿が(画像は一部を抜粋)。

画像:青木繁,Public Domain via Wikimedia Common

 イザナミは「我が夫よ、そんなことを言うのなら私はあなたの国の民を1日1000人殺しましょうと言いました。これにイザナキは「ならば私は1日1500人ずつ子を産もうと返しました。

 

 ここまでが「古事記」「日本書紀」ともにほぼ共通するイザナキとイザナミの別れの顛末です。殺すとかなんだとか売り言葉に買い言葉で、現代の人間の感覚では円満とは言い難い別れ方です。

 

 しかし、ある別の説ではここでククリヒメノカミが現れ、違う結末をもたらすのです。以下、この謎の神が登場する異伝の部分を要約してみましょう。