■『私たちのブルース』の世界一、魅力的な市場

 湯気のたつスンデ(腸詰)とあつあつのスープの映像で始まる五日市のシーン。自分の売り場に着いて商いを始めるウニの左手には海女とバー経営をかけもちするヨンオク(ハン・ジミン)、右手には漁船の船長ジョンジュン(キム・ウビン)がいる。

 コーヒー売りのカートでブラックコーヒーを頼んでいるのは万物商のドンソク(イ・ビョンホン)。イ・ビョンホンは個性的な美男で、整いきった顔とは言えないので田舎の市場にたたずんでいても違和感がない。

 地べたで野菜を商っているのは、オクドン(キム・ヘジャ)とチュニ(コ・ドゥシム)。キム・ヘジャは国民オンマと呼ばれる大女優。ポン・ジュノ監督の映画『母なる証明』で強烈な印象を残した人だ。コ・ドゥシムはキム・ヘジャより10歳若いのだが、その風格はキム・ヘジャに引けを取らない。「コサリ コグマ イッスダ~」(ワラビ、サツマイモありますよ~)。彼女の済州サトゥリ(方言)は本物なので心して聴いてもらいたい。

 市場のシーンの白眉は、ドンソク(イ・ビョンホン)が踊り歌いながら商売する姿だ。我が国を代表する名優がひさし付きの帽子をかぶり、極彩色のモンペ(韓国でもモンペで通じる)を穿き、風呂掃除用のピンクのプラスチックシューズでリズムを取っている。腰のあたりの段ボールプレートには「原価以下」と書かれている。

 日本の名優・高倉健もそうだったと聞いたが、イメージが「クール」で固定されている俳優はこういう役を喜んでやると聞いた。イ・ビョンホンもそうだったのではないだろうか。

イ・ビョンホン扮する万物商のトラックは地方でよく見かける。写真は全羅南道の莞島から青島に着いたフェリーで下船を待つ万物商のトラック

 こんな市場があったら行ってみたい。

 誰もがそう思ったのではないだろうか。キム・ヘジャ、コ・ドゥシム、イ・ビョンホン、ハン・ジミン、キム・ウビン……。映画でもこんな豪華な市場商人は見たことがない。世界一人件費の高い市場である。
(つづく)

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