■久々にあったマイの口から意外な話が……
沖縄から帰ってきて4カ月ほど経った頃だろうか。友人のマイと久しぶりに都内で再会した。マイはあれからずっとあの宿に泊まり、先日東京にようやく戻ったという。ただ、久しぶりに再会したマイの顔はひどく沈んでいるように見えた。
「……実は、あの後大変だったんだよ」
マイはそうポツリとつぶやき、重たい口を開いた。
「実は、Yちゃんがオーナーの子どもを妊娠しちゃったんだ」
別にめでたいことではないのか。Yちゃんはフリーだったし、オーナーはいい人そうだし、それが何の問題なのだろうか。
「めでたくないよ……。オーナー、その後に逃げたんだよね」
■妊娠した彼女を置いてオーナーが謎の失踪!
マイの話によるとこうだ。オーナーとYちゃんは恋人同士で、やがて彼女の妊娠が発覚した。おそらく、私がいた頃には妊娠していたのだろう。
妊娠をきっかけにオーナーはYちゃんにプロポーズして、2人で一緒に宿を切り盛りしようと約束をしたらしい。Yちゃんは共同経営者となり、オーナーとの未来に一歩進もうとしていた。だがそれから間もなく、オーナーは突然、姿を消した。
Yちゃんはオーナーを探したが、まだ入籍前だったためオーナーの詳しい身元さえわからないという。さらに、Yちゃんの元に届いたのは借金返済の督促書だった。実はオーナーには多額の借金があり、それを共同経営者のYちゃんが代わりに返済しなければいけなくなってしまったのだ。
さらに、妊娠5カ月に入ってしまったため、子どもを1人で育てなければいけない。Yちゃんはオーナーを探すことを諦め、東京の実家に戻ったそうだ。さらにマイが耳にした噂では、件のゲストハウスは閉めて実家の両親に借金の返済を頼んだということらしい。
■ふと頭をよぎった「ゲストハウスの座敷わらし」
やはり、私の胸騒ぎはどこか当たっていた。時間は流れ、あれから20年。あのとき、逃げたオーナーはいまどこで何をしているのだろうか。Yちゃんの子どもが生まれていたら、今年19歳になるはずだ。そんなときにふと、あの宿にいると言われていた座敷わらしの存在が頭をよぎったのだ。
「名前は忘れちゃったけれど、沖縄版の座敷わらしがいるらしい」
Yちゃんがそう言っていたのは、おそらくキジムナーのことだ。調べていくとわかったのだが、キジムナーは人間には友好的で危害をもたらすことはない。だが、キジムナーを怒らせると容赦なく人間を襲ったり、不幸をもたらすという。
■ゲストハウス併設のカフェにあった奇妙な観葉植物
キジムナーが怒ることは滅多にはないが、キジムナーが宿ると云われるガジュマルの木を燃やしたり釘を打ったりすると、彼らの逆鱗に触れてしまうことがあるという。
この文献を読んで私はハッとした。私があの宿に泊まった初日、オーナーとYちゃんに誘われて、宿に併設するカフェレストランで歓迎会をしてもらったのだ。
そのカフェは、店内にいくつも観葉植物を置いており、まるで森の中にいるような空間だったのがとても印象的だった。そして、その中にひときわ目立つ大きな木があったので、オーナーに「珍しい木ですね」と尋ねると「ガジュマルの木だよ。沖縄ではよく見る木だね」と教えてくれた。
そのカフェをすっかり気に入った私が「明日もここに来たい!」と言うと、オーナーは少し寂しそうに「実は今日で閉店してしまうんだ」とつぶやいた。
それから、しばらくした頃だろうか。カフェに工事が入り、中にあった家具などはすべて撤去された。ひときわ大きかったガジュマルの木も無惨に外に放り出されていた。
■精霊の宿るガジュマルを無残に捨てた罰なのか?
もし、あのガジュマルの木にキジムナーが住み着いていたのだとしたら? そしてカフェが閉業し、住処を奪われたキジムナーの逆鱗に触れてしまったのだとしたら……?
私が見ていた限り、オーナーは宿の経営も上手く行き、経済的にも余裕があるように見えた。キジムナーは仲良くなると金持ちになるという言い伝えがある。その後、宿で私の財布が盗まれる窃盗事件が起き、オーナーは借金を抱えて夜逃げし、共同経営者になったYちゃんが代わりに返済することになった。
そのすべてが、ガジュマルの木を傷つけられたキジムナーの逆鱗に触れたからだとすれば、すべて辻褄が合うのではないだろうか……。