■ほんとうに実在した女暗殺者

Uma Thurman

個人的な女殺し屋ベスト1はユマ・サーマンですが……

画像:Rita Molnár, CC BY-SA 2.5 , via Wikimedia Commons

「女暗殺者」「女殺し屋」といえば、フィクションの世界なら有名どころが山ほどいる。古くは映画『ニキータ』の主人公・ニキータや『キル・ビル』でユマ・サーマンが演じた“ザ・ブライド”がレジェンド級。

 

 最近では、今年2024年9月4日からドラマ版『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』(テレビ東京系)が放送開始される脱力系女子の殺し屋コンビ“ちさと&まひろ”も注目されている(なお、9月末には完結版と噂される映画第3弾『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』も公開予定なので、ぜひ!)。

 

 映画にかぎらず、マンガやゲームの中でも数々登場する女殺し屋。フィクションの世界では、時に絶体絶命のピンチや悲劇に襲われながらも、敵方の男どもをバッタバッタと倒す姿に痛快さを感じた方も少なくないだろう(うちのある女性社員は「おっさんを殺す姿に溜飲が下がった」と……おお怖w)。

 

 そして、そんなフィクションの世界の”彼女たち”のような「女暗殺者」が実在していたことをご存知だろうか? しかも、現代のメキシコで。実は、つい10年ほど前だが、悪名高いメキシコの麻薬組織に「美人暗殺者」として知られたメンバーが実在していた。しかも、これが現代風なのだが、闇に隠れて生きるはずの暗殺者が、美人すぎてSNSで大バズリしたというのだ。

 

■SNSで拡散された「一枚の写真」

ニーニョ

SNSで大バズりしてしまったホセリン・アレハンドラ・ニーニョの画像

画像:Fair Use via Wikipedia Commons

 事の発端は2015年1月5日。匿名のユーザーによって組織犯罪を告発するサイトに一枚の写真がリークされ、たちまち、Twitter(当時)とfacebookで拡散された。日本でも現役ヤクザや元構成員を名乗るYouTuberが数々いるが、メキシコでは現地の麻薬ギャングたちが、互いに対立組織のメンバーの情報をネット上にリークし合うなど、ネット上でも抗争を繰り広げているという。

 

 こうしてさまざまな麻薬組織の情報が飛び交う中で、この写真だけがなぜ、あっという間に拡散したのか? それはそこに映っていた、爽やかな笑顔を浮かべたモデル級の美女が、完全防備の防弾ベストにM4アサルトライフルを構える、ある意味「ギャップ萌え」な姿が原因だった。

 

カルデナス

銃撃戦の末、逮捕されたガルフ・カルテルのボス、オシエル・カルデナス・ギレン。

画像:DEA,Public Domain,via Wikimedia Commons

 投稿に記された情報によれば、彼女の名前はホセリン・アレハンドラ・ニーニョ(当時19歳)。メキシコ最古にして、構成員10万人ともいわれる麻薬組織ガルフ・カルテルのメンバーだとされる。彼女は、ガルフ・カルテル傘下のロス・シクロネスという組織で、「歩兵」と呼ばれる最末端の構成員として、敵対する麻薬組織ロス・メトロスと抗争の最前線に立たされていたという。

 

 しかも、彼女のような「女暗殺者の秘密組織」が、ガルフ・カルテル以外の麻薬ギャングにも存在するという衝撃的な情報もあった。

 

■女殺し屋軍団「ラス・フラカス」とは?

マタモロス

ガルフ・カルテルの本拠地、マタモロスは写真の陽に麻薬戦争の渦中にある。

画像:shutterstock

 世界中の犯罪組織で、女性が正式なメンバーに選ばれることはかなり珍しい。多くは麻薬の運び屋か、買春組織の管理役など準構成員か”下請け”のようなもので、役割がごく限られている。メキシコの麻薬組織でもそれは同様。2000年代中ごろまで女性は、マネーロンダリングや経理処理など、いわば”内勤”の下請けをしている程度だったという。

 

 しかし、2007年のカルデロン大統領による麻薬組織撲滅作戦以降、事情は激変した。メキシコの犯罪組織は、ニーニョのようなスラっとした体形で女性らしい外見の女性をメンバーとして積極的に取り込み、高額な報酬をチラつかせて、暗殺者の訓練を施していたという。

ラ・クレオパトラ

「クレオパトラ」と呼ばれたラス・フラカスの一人、フアナ。

画像:Guioteca(アルゼンチンのニュースサイト) 2019年9月28日記事より

 ニーニョのように若く魅力的な美人で、宝石やドレスを身に着けた姿。だが、そのドレスの下には防弾ベストや凶悪な銃器を忍ばせている。こうした女殺し屋たちは「ラ・フラカス(Las Flacas/痩せっぽちの女の子たちの意)」と呼ばれ(※1)、敵対組織への襲撃や斬首などの処刑にも手を染めていたとされる。

※1 単数形では「La Flaca(ラ・フラカ)」。ニーニョの通称がラ・フラカだとする記述もあるが、彼女だけを指すものではないので正解はこちら。

 

 こうした女殺し屋軍団が重宝されたのは、敵対するギャングや警察など国家組織に「まさかこんな華奢(きゃしゃ)な女性が……」と油断させる狙いだったといわれている。ニーニョに先立ち、2011年には2人のラス・フラカスが逮捕され、一人は元警察官でもう一人は9人の殺害に関わっていたという。

 

■女暗殺者の哀れな末路とその後

ニーニョ

美しく着飾った、とても殺し屋と思えない姿のニーニョ(1995~2015)。

画像:Find a Grave/Joselyn Alejandra Niñoより

 こうしてSNSでバズり、一躍、有名人となってしまった女暗殺者ホセリン・アレハンドラ・ニーニョ。これだけ顔が知られてしまっては、暗殺者としてはお役御免というところ。ラ・フラカスのなかには、組織のボスクラスにまでのし上がった女性もいるが、そもそもが「歩兵(下っ端)」クラスだったニーニョがお払い箱にされる悲惨な未来は想像に難くなかった。

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“その時”は予想以上に早く訪れた。リークからわずか3カ月後の2015年4月13日、ガルフ・カルテルの本拠地である、メキシコ東部のタマウリパス州マタモロスにあるスーパーの駐車場で、ニーニョは無残な遺体となって発見された。

 

 彼女の遺体は、放置されたクーラーボックスの中から、バラバラ死体となって見つかった。クーラーボックスの中にはほかにも、別の女性のバラバラ死体と首のない男性の死体が一緒に発見され、悪趣味な死体の詰め合せになっていたという。しかも、ニーニョの遺体には凄惨な拷問の痕が残り、辛うじて、彼女の前腕に彫られた「ニーニョ」というタトゥーから、身元が特定された。

 

 ニーニョの遺体発見の一報が流れた直後、敵対する麻薬ギャング、ロス・メトロスは犯行声明代わりに、バラバラにされた彼女の遺体写真をTwitterに投稿。ロス・シクロネスが女殺し屋集団「ラ・フラカス」をメンバーとして採用していることを批判するメッセージが添えられていた。

 

 あまりに悲惨な結末ゆえに、メキシコ国内でも報道は控えられたが、ニーニョは死後もSNSでバズったせいで、却ってラ・フラカス志望者が急増。当局としては対応に苦慮しているという。

 

【参考資料】
TALKING DRUGS 2017年3月31日記事「Las Flacas: The Growing Role of Women in Mexican Drug Violence」https://www.talkingdrugs.org/las-flacas-the-growing-role-of-women-in-mexican-drug-violence/

Guioteca 2019年9月28日記事「‘La Cleopatra’: La temida narcotraficante que empleaba algunos de los métodos más perversos con sus víctimas」https://www.guioteca.com/internacional/la-cleopatra-la-temida-narcotraficante-que-empleaba-algunos-de-los-metodos-mas-perversos-con-sus-victimas/