■大阪のキャバで出会った50代の新人黒服
昔、私が大阪のキャバクラで働いていた頃、ヤマムラさん(仮名)という50代の男性が黒服として働き始めた。黒服としては年齢が高く、普通なら若い頃に入店し、そこから昇格して役職につくのが一般的だ。
しかし、ヤマムラさんは役職がないままヒラの黒服として働いていた。新入りの彼は、自分よりずいぶん若い店長やマネージャーからパシリのように扱われ、雑用ばかりを押しつけられていた。
店の子たちはその様子を特に気にしていなかったが、私はヤマムラさんに対して、なんとも言えない違和感を抱いていた。
見た目は普通のおじさんだったし、彼の物腰も柔らかで特に怪しいところはなかった。しかし、なぜか彼の行動のひとつひとつが私には少しだけ不自然に映った。
たとえば、彼の仕草が”ビクンッ”と一瞬止まる瞬間があったり、目の奥がどこか虚ろで冷たいものを感じることがあった。そんなヤマムラさんがある日、何気なく言った言葉が印象に残っている。
「俺、昔は東京で働いてたんだよ。芸能人がよく来るバーでね」
■「芸能人にツテが」という言葉にモヤモヤ
その言葉に、私は一瞬驚いた。芸能人とのつながりがある──東京出身の私としては、そんな話は歌舞伎町のキャバクラなどであまりにもよく聞く作り話だったからだ。
しかし、ヤマムラさんの話は妙に具体的で、誰がどんな様子でそのバーに来ていたのか、どんな会話が交わされていたのかまで細かく話すのだ。
最初は冗談だと思っていた店の女の子たちも、次第にその話を信じるようになっていった。彼女たちは、ヤマムラさんに「私、J事務所の◎◎くんが好きなんだ。会わせてよ!」と連絡先を渡し、何とか会わせてもらおうと期待を寄せていた。
私はそのやり取りを聞きながら、うまく説明できないゾワゾワする不安を感じていたが、口に出す理由が見つからず、ただ黙っているしかなかった。
■J事務所の◎◎クンに会わせてあげる
そんなある日、ヤマムラさんが店のキャストであるAちゃんにこう言った。
「今からJ事務所の◎◎くんに会わせてあげるから、ここにおいでよ」
Aちゃんはその話に大喜びして私に興奮しながら話してきたが、私は何となく胸騒ぎを感じた。何かが絶対におかしい。理由はわからないが、直感的に「行かないほうがいい」と感じ、私は言った。
「何かうさん臭いよ。やめておいたほうがいいんじゃない?」
「でも……◎◎クンに会えるかもしれないし……」
Aちゃんは悩んでいたが、私はしつこく止めた。そして、「もし行くのであれば、店長に伝えたほうがいい。あと、何かあったらすぐに店長に連絡するように」と強く伝えた。
そこまで忠告しても、Aちゃんは行くつもりだったが、運良くその夜はお客さんとのアフターが入ってしまい、ヤマムラさんの誘いを断ることになった──。