■映画『その怪物』で描かれる強者に立ち向かう弱者、武器は大根!

『その怪物』はひとことで言うと、一人の強者(企業経営者)と三人の弱者の物語だ。

 一人目の弱者はキム・ゴウン扮するボクスン。親がいないので田舎の市場で野菜を売って生計を立てている。ドラマ『私たちのブルース』のウニ(イ・ジョンウン)に負けない気の強さと商魂はあるが、社会人としては何かが決定的に足りない。

江原道・洪川郡の市場。ボクスンが野菜を売っていた市場はおそらくセットだが、これよりさらに田舎感があった。市場からの立ち退きを迫る男たちにボクスンが大根片手に反撃するシーンは、本作のハイライトともいえる

 二人目の弱者は、イ・ミンギ扮するテス。複雑過ぎる家庭環境が彼を殺人鬼にしてしまった。不器用でお人好しを演じることの多いイ・ミンギらしからぬ役だが、これが大変サマになっていて、彼の役作りの努力がうかがわれる。

 三人目の弱者は、キム・レハ扮するイクサン。殺人鬼テスの兄だ。困窮していて妻は夜の仕事をしているが、それに気づかぬふりをしている。金のために強者からある仕事を請け負い、それを弟に丸投げする。

■イ・ミンギの熱演、キム・ゴウンのはまり役も、違和感は拭えず

 三人の弱者のうち、その演技を安心して見ていられるのはキム・レハ(1965年生まれ)だけだ。演劇出身で、映画出演は25作を超えるベテラン。卑屈なキャラクターを演じさせたら右に出る者がいない名脇役。本作でも愛情のない母(キム・ブソン)や殺人鬼の弟、仕事の依頼人、闇金業者(パク・ピョンウン)に挟まれて苦悩する姿が大変板についていた。その名演は、映画『殺人の追憶』のソン・ガンホの後輩刑事役を思い出させる。

 イ・ミンギは本作のために身体を絞りに絞り、殺人鬼らしい眼光は目をそらしたくなるほど凄みがあるのだが、ところどころで本来の彼らしいキャラを思い出してしまう。例えば、2009年の大ヒット映画『TSUNAMI-ツナミ-』で演じたライフガード。お人好しだが、いざといういきは自分の命を投げ出す正義のイ・ミンギのイメージは、殺人鬼を演じたくらいではなかなか拭い去れない。

映画の後半、無一文の娘二人(キム・ゴウンとアン・ソヒョン)が夜、さまよい歩く場面は、ソウル鍾路2街の繁華街で撮影された

 では、我らがキム・ゴウンはどうだろう。見た目も中身も「足りない」田舎娘ボクスン役は彼女に打ってつけなのだが、似合い過ぎるあまり、随所で目もとに知性が見え隠れしてしまう。

 視聴者というものは、その俳優を愛すれば愛するほど、ちょっとした違和感に敏感になる。俳優とはじつにままならない商売である。

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