■約束を破ったせいで目の当たりにした無残な姿

死んでるんだから仕方ないじゃん(イザナミ)

画像:Adobe Stock

 御殿の奥に消えたイザナミを、イザナギは今か今かと待ちわびる。けれど、イザナミはなかなか姿を見せない。焦れたイザナギは、イザナミとの約束を破って御殿の中へ入り、横たわったイザナミを発見。だが、それはあまりにも変わり果てた姿だった──。

 

 身体中にウジがわき、腐乱状態のイザナミの周りを8種の雷神が囲んでいる。恐れおののいたイザナギは、大慌てでその場から逃げようとする。すると、自分の忌まわしい姿を見られたイザナミは、「わたしに恥をかかせたわね!」と大激怒。黄泉国の醜女(しこめ)や雷神を使ってイザナギをとらえようとした。

 

■日本初の夫婦がドロドロの愛憎劇に?

 

 それでも、どうにかこうにか逃げおおせたイザナギは、大の男1000人でようやく動かせるという「千引岩(ちびきいわ)」で黄泉国の入り口をふさぐ。行く手を阻まれたイザナミは、

「そんなことをするのなら、あなたの国の人を1日1000人殺してやる!」

 と宣言。対するイザナギは、

「それなら1日に1500人分の産屋(うぶや)を建ててやる!(注3)

 と言い残して、その場を去った。いやはや、トンデモなくはた迷惑な夫婦喧嘩だ……。

注3/「産屋」とは文字どおり出産のための小屋。つまり「毎日1500人生まれるようにする」という意味。

 

 こうしてイザナミはその後、黄泉国の神「黄泉大神(よもつおおかみ)にとなる。イザナギとともに国土と多くの神を産み落とした女神は、死者の国の支配者となったのだ。

 

 イザナミを連れ戻そうとし、「待っててね♪」という愛する妻との約束も反故(ほご)にして、見ることもはばかれる姿を目の当たりにするイザナギ。もし、黄泉国の神の許しが出れば、むかしのままのカワイイ姿のイザナミに戻れたのかもしれないのに……。

 

■世界の神話と日本の神話の類似性

毒蛇に噛まれた死んだエウリィディケを抱きかかえるオルフェウス

画像:George Frederic Watts, PD, via Wikimedia Commons

 実は、このエピソードに似た話がギリシャ神話にも登場する。神の子であるオルフェウスは、ヘビに噛まれて命を落とした妻・エウリュディケを連れ戻しに冥界へ入る。冥界の支配者は妻を連れ戻したいという願いを聞き入れるも、ひとつの条件を出す。それは地上へ戻るまで、けっしてエウリュディケの姿を見てはいけないというものだった。

 

 条件を受け入れたオルフェウスは、エウリュディケを連れて冥界から地上へあがろうとする。ただ、亡き妻はオルフェウスの後ろを歩いているので、本当についてきているのかどうかがわからない。不安に駆られたオルフェウスは、地上まであと少しというところで振り返ってしまう。その瞬間、エウリュディケは冥界へ吸い込まれていってしまったのだ。

 

 もちろん、記紀がギリシャ神話をパクったというわけではない!(注4) ヒルコの伝承に似た話が北欧神話にあるように、どこ国や地域にも普遍的なのテーマが備わっていて、それに枝葉がついて独自の世界観が生まれるとの考え方が有力だ。つまり、「世の東西、神話時代から現代まで、多かれ少なかれ、人間の考えることは一緒」ということでもあるのだ。

注4/冥界に妻(まれに夫)を連れ戻しにいき失敗する神話は「オルフェウス型神話」と呼ばれ、世界中の神話の中に見られるそうだ。