■繰り返されるスサノオからの試練
次の日の夜、今度はムカデとハチのいる部屋にオオナムチを誘い込む。しかしスセリビメはヘビの部屋の時と同じように、毒虫を追い払う布を渡し、オオナムチは今回も難なく部屋を出る。
ヘビの間、毒虫の間の試練をやすやすとクリアしたオオナムチに、スサノオは作戦変更。今度は、矢を広い野原に打ち込んで、それを取ってこさせようとする。ただ、取りに行くだけならだれでもできる。もちろんスサノオは、簡単に娘を譲る気がない。オオナムチが野原に足を踏み入れたと同時に、その周囲に火を放ったのである。
前回ご紹介したように、兄神に殺されかけて(正確には殺されて生き返って)逃げ込んだ先で、今度は未来の義父に焼き殺されそうなるオオナムチ。つくづくツイてない。
ヤマタノオロチ退治でもわかるように、スサノオはなかなかの策士だ。オオナムチに対しても、よくもいろんな方法を思いつくものだ、と感心させられる。
ただ、火に囲まれたオオナムチは、突然現れたネズミに「地面の下に穴がある」と教えられる。穴に入ったオオナムチは、無事に火の手から逃げおおせたのである。ウサギといいネズミといい、どうにも動物に好かれる男のようだ。
ちなみに、オオナムチ(オオクニヌシ)の足元に、ネズミのいる像を神社などではよく見かける。これはオオクニヌシの眷属がネズミとされるためで、その由来はこのエピソードによるものである。
■もはや試練というよりただの嫌がらせ?
ヘビも毒虫も、火攻めも効かないオオナムチ。次なるスサノオの試練やいかに? というところだが、生きて帰ったオオナムチに、スサノオが命じたのは自分の髪の毛にいるシラミをとること……。
「これまでの試練に比べたら超イージーモード?」
と思ったかしらないが、オオナムチが素直にしたがうと、シラミではなくムカデがウジャウジャといる。もはやここまでくると「試練」というより、ただの嫌がらせだ。
「どうした、はようとってくれ」
スサノオはほくそ笑んだことだろう。すると、やはりスセリビメは赤土とムクの実(注3)をわたし、オオナムチは実をかみ砕き、赤土を口にふくんでツバを吐き出したのだ。それを見たスサノオは、ムカデをかみつぶしてツバを出したものだと勘違い。
注3/日本を含め東アジア南部に広く分布する広葉樹ムクノキの実。11月頃に赤紫色に熟す果実は甘味があり美味しいのでお試しあれ。
「小僧、やるじゃねえか」
やっとのことで、オオナムチのことを婿と認めたのか、試練のネタが尽きたのか、スサノオはそのまま寝てしまった。
■出雲大社は大国主が住まう宮殿
さすがにこれだけ繰り返しスサノオから試練(嫌がらせ?)を受けたオオナムチも、黙って試されるだけの大人しい男ではない。ここで遂に反撃に打って出る。熟睡するスサノオの髪を部屋の垂木に結びつけ、巨大な岩で戸をふさぎ、スセリビメを背負って逃げ出したのだ。
スサノオが目覚めてもあとの祭りだ。髪を解いて根之堅洲国の入り口までオオナムチを追いかけたが、その姿ははるか向こうにある。さすがにここで諦めたのか、それとも愛する娘の行く末を心配したのか、こう声を掛けた。
「おーい、お前は大国主神となってスセリビメを正妻とし、宇迦の山のふもとに太い柱を立て、空高く千木をそびやかした宮殿に住むがいい」
「大国主神」とは、読んで字のごとく「大きな国の主(あるじ)神」のこと。高天原の神を「天津神(あまつがみ)」というのに対し、地上の神は「国津神(くにつがみ)」という。オオナムチ改めオオクニヌシは国津神のトップとなったのだ
遠ざかる婿と娘に向かって、スサノオは感慨深く叫んだ。この宮殿こそが、現在の出雲大社なのである。
兄神に命を狙われ、義理の父には試練といういびりを受けてと、散
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