【第二夜】「きれいな病室」(『怪談青柳屋敷』より)
六十代半ばの男性である吉田さんは二〇二一年の秋、F病院の整形外科で足の手術を受けた。術後経過の観察のために数日の入院を強いられたが、この入院の最中に新型コロナウイルスに院内感染してしまった。
大きな総合病院であるため、コロナ対応病棟に移されることになったが、通された個室が少しおかしかった。壁、ベッド、備え付けの台、洗面台……そういったものが少し小さかったり位置が低かったりする。本来は子どものための部屋なのだろうな、という印象だった。それはいいとしても、設備がやたら新しく、きれいすぎる。そこに吉田さんはとてつもない違和感を感じた。
だが、咳は出るし体のあちこちは痛いしで、細かいことを気にしてはいられず、すぐにベッドに横になった。小柄なので小さめのベッドでも不自由はしなかったが、初日の夜から悪夢に魘(うな)されるようになった。
夢の内容は詳しく覚えていないが、着ている病衣をぐいぐいと締め付けられるような感覚で目が覚める。汗びっしょりになっていて、とても嫌な気分だけが胸の中に残っている。コロナの症状だろうと我慢していたが、病状が回復してきても毎夜の悪夢は変わらず、病衣を締め付けられる感覚も変わらない。
そんな入院生活の七日目の夜。
その日の夢ははっきり覚えている。
吉田さんは小さな部屋にいる。体のあちこちが締め付けられる苦しい感覚に襲われながら、あたりを見回すと、中に何かがぎゅうぎゅうに詰められてはちきれんばかりになっているボストンバッグが一つあった。
いやだな、と感じた。だが妙な強迫観念にとらわれ、吉田さんはファスナーに手をやった。じーっと開けると、ごろんと中から遺体が出てきた。それは、吉田さん自身の遺体だった。
その瞬間ぱっと目が覚めたが、いつもよりも汗だくで体が痛い。水を飲もうと、電気をつけて低い洗面台の前に立ち、鏡を見て震えあがった。
病衣がはだけて鎖骨のあたりまでが見える。首元にしっかりと、病衣で締め付けられた跡が残されていた。
吉田さんは次の日、担当医に退院したいと申し出た。本来ならもう数日、外に出てはいけないところだが、「もう快方に向かってますからね」とあっさり承認された。
あとで噂に聞いた話だと、その病室はふだん子ども用としても使用されていないが、コロナ対応で仕方なく使われたらしい。なぜあんなにきれいな部屋がふだん使われていないのか、それはわからずじまいだという。
【了】