【第五夜】「女とコインパーキング」(『怪談青柳屋敷』より)
現在、自宅から徒歩二十分のところに、仕事用の部屋を借りている。
通常は午後七時に帰宅するが、締め切りが近づいているときなどは深夜に徒歩で帰宅することもある。
先日、二時ぐらいに帰宅していたときの話だ。
家まであと五分ほどというところに十字路があるのだが、そこが見えたところで、左側からこげ茶色のロングコートを着た女性が一人、歩いてくるのが見えた。その方向には私鉄の駅があるので、降りたばかりの客かとも思ったが、終電はとうにすぎた時刻である。それとなく観察していると、足がふらついている。
なるほど酔っ払いか。終電に乗って駅で降りたあと、一時間ばかり休んでから歩き出したのだろう……と思ったが、どこか様子がおかしい。
千鳥足(ちどりあし)というより、まるでロボットが、“がちゃんがちゃん”と歩くような、妙なリズムをもった歩調なのだ。両肘を直角に曲げ、手のひらを天に向けるようにし、歩調に合わせて前後に振っている。がちゃん、がちゃん、がちゃん、がちゃん。
(なんだこの女……?)
目が合ったらトラブルになるかもしれないと思い、僕はスピードを緩め、女性が目の前を横切っていくのを見送った。そのあとで十字路を通りながら、それとなく女性の後姿を見た。十字路を挟んで駅とは逆のほうにはすぐ、三台が停まれるコインパーキングがある。停車スペースの一つにコンパクトカーが停まっていた。
女性はそのパーキングの支払機の前で両足をそろえて立ち止まった。
(おいおい、ひょっとして運転して帰る気か?)
思わず見ていると、女は手のひらを天に向けた状態の右手を、勢いよく支払機に突っ込んだ。
(えっ?)
ずぼっ、と音がしたわけではないが、右手は支払機に突っ込まれている。お釣りの穴ではなく、機械そのものに差し込まれているように見える。
女の顔がゆっくりこちらに向いてくる気がした。僕はすぐに目をそらし、二度とそちらを振り返らないようにして家路を急いだ。
あれは、何だったのか。
【了】