(第36回前編あらすじ)
東北の田舎町から大阪に出てきた19歳のユイナ。筆者カワノアユミがとあるスナックで出会った彼女は、家賃4万円代という破格の安さのアパートに住み始めた。だが、そこに越した途端、ユイナの身の回りで不可解なことが立て続けに起こる。彼女のだけ決まって荒らされるゴミ袋、夜ごと、隣室から響く不気味な声、そして、その隣室の住人は、不気味な笑顔で彼女を見つめていたという──。
■暗い路地から現れた男
ある晩のことだ。その日は珍しく店の閉店が遅くなってしまったため、私とユウナは一緒に帰ることになった。ユウナをアパートの前まで送り、酔い覚ましがてら少し話していると、暗い路地をこちらに向かってくる男が見えた。
(仕事帰りのサラリーマンか……)
そう思いながら、ふとユウナのほうを見ると、彼女の表情はひきつり、体も固まったように棒立ちになっていた。その間も男はゆっくりと近づいてくる。
そして、男は横にいる私の姿など見えないかのように、ユウナに近づくと顔をじっと見つめ、笑みを浮かべながらこう言ったのだ。
「こんな時間に帰ってきて、“また”何かあったら危ないで……」
■男の謎の言葉に凍り付くユウナ
その一言にユウナの顔がみるみる青ざめていった。男はそれだけ言った後、何ごともなかったかのようにゆっくりとアパートの中へと入っていった。ユウナも私も男の異様な言葉に黙り込んだままだったが、
「今のが……前に話してた、『隣の部屋の男』なんです……」
男の部屋に電気がつくのを見て、やっとユウナは絞り出すようにそう言った。私の目から見ても男はユウナが何かに怯えていることを確実に分かっていた様子だった。
「ねえ、今日はうちに来る?」
そう言って私はユウナに声をかけたが、彼女は力なく首を振り、トボトボと自分の部屋に入っていった。男の不気味な笑みが頭にこびりついて離れなかった私は、なぜあんな目に遭ってまで彼女があの部屋にこだわるのか、正直、理解できなかった。
実際、その夜ユウナはまったく眠れなかったという。その晩は、隣人の独り言は聞こえなかったが、かつて男が呟いていた「そろそろ……」という言葉と、今しがた男が言った「また」というひと言が頭の中でグルグルと渦まいていたそうだ。
「あの男がこれから何かするつもりなのか……そう考えるだけで不安で」
後日、そうこぼしていたユウナだったが、その不安が現実のものになってしまった──。