■ドアの外から響く不気味な音
その日もユウナは深夜に仕事を終え帰宅した。彼女はいつものようにスマホで動画を見だした。音量を少し上げ、酔っ払っていたこともあり少し良い気分だった。
「キュッ…キュッ……」
しばらくしてから、彼女は玄関の外から奇妙な音が聞こえてくることに気づいた。最初は気のせいかと思ったが、その音は徐々に大きくなっていく。
何か不気味なものを感じたユウナは、恐怖に駆られ、イヤホンをつけて音楽を大音量で流しながら眠りにつくことにした。
翌朝、目を覚ましたユウナが意を決してドアを開けると、目の前には異様な光景が広がっていた。ドアの周りには泥だらけの無数の靴の跡や、何かで引っ掻いたような細かい傷がついていた。まるで誰かがこのドアを執拗に触っていたかのようだった。
■嫌がらせにしても異常すぎる…
そのとき、ふと記憶が蘇った。引っ越したばかりの頃、友人を呼んで騒いだり、仕事帰りにドアを乱暴に閉めたり、夜中に風呂に入ったりしていたことを……。
(もしかして、隣人は私の迷惑な音に腹を立てて嫌がらせをしているのでは……)
だとしても、あの一晩中続く不可解なつぶやきや深夜にドアを開けようとしたことは説明がつかない。それにあの男が不気味な笑顔で言った「また何か」というのは、なんだったのか? 単なるいやがらせにしては執拗すぎる。
その後も日増しに酷くなる不可解な現象に、男の粘りつくような視線と笑みが重なり、とうとうユウナの恐怖は遂に限界に達した。
アパートを仲介した不動産会社に駆け込み、退去の申し出と、あのアパートで過去に「何か」があったのか問い詰めたそうだ。
■不動産会社が隠した事実とは?
「いやいや、事故物件だなんて(笑)。いまはそんなことあったら、告知しないといけないですからねぇ。いやホント、何もないですよ。」
そう言って不動産会社の担当は笑い飛ばしたが、最後にボソッと「またか…」とつぶやいていた気がするとユウナは話してくれた。
ユウナの疑惑を裏付けるように、引っ越し後、彼女は別の不動産会社に勤める客からこんな話を耳にする。なんとユウナが住んでいたアパートは、「訳あり」の住人が多く暮らす物件だったというのだ。
「部屋そのものは“事故”はないけど、住んでる住人が“事故物件”ってことらしいんです。確かに家賃も月4万円なんて破格でしたけど……」
そう漏らしたユウナは、隣の男も何らかの理由でこのアパートに住んでいたのかもしれないと考えたが、それが何なのか、彼女はその答えを知ることはできなかった。
■「安全な」物件に越したユウナだったが…
ユウナはあれ以来、安い部屋を借りることを避けるようになった。多少の費用がかかっても、保証会社を通じて女性限定のセキュリティ面や防音性がしっかりとしたアパートを選ぶようにしているそうだ。
安い物件には、必ずと言っていいほど理由がある。たとえ、それが実際に事件の起こった事故物件ではないとしても、隣人や住人の異常性まで見抜けないのが不動産業界の闇なのではないだろうか。
その後、引っ越しを終えたというユウナの部屋に遊びに行った。そこで私は異様な光景を目の当たりにした。
「キュッ…キュッ…」
ユウナが暮らすアパートの部屋に不気味な音が響く。しかし、その音を出しているのはユウナ自身だった。彼女自らが部屋の壁をひっかくように静かに爪を立てて擦っているのだ。
その異様な光景に私はユウナに何をしているのか尋ねると、あっけらかんとした顔で笑いながらユウナはこう答えた。
「隣の部屋の女、たまに夜中に帰ってきてうるさいんですよね。
だから、こうして嫌がらせをしているんですよ──」
そう言って笑う彼女の顔はこちらを向いていたが、その目はどこか遠くをボーっと見ているような、焦点の合ってないものだった──。