■スピーカーから不気味な声が…

恐る恐る「X」の中に入ると、フロアの奥からかすかに音楽が流れている。だが、この建物にはもう電気は通っていないはずだ。
「おい、電気なんて通ってねぇだろ?」
そう誰かが言いかけた瞬間、フロアの奥で何かが動いた。
薄暗い空間のなかにポツンと男が立っていた。片耳にヘッドホンを当て、ゆっくりとリズムに合わせて身体を揺らしている。だが、顔だけが見えない。 しかもその男は、ゆらゆらと揺れながら、心なしか近づいてきているようだった。
「やばい……逃げるぞ!」
彼らは慌てて出口へ向かおうとした。
しかし、次の瞬間——扉が音もなく閉じると、フロア中のスピーカーから、耳をつん裂くようなボリュームで音楽が流れ出す。しかも、耳障りな音楽の合間にノイズ混じりのうめき声まで響いた。
恐怖のあまりパニックになり、ドアを叩き壊す勢いで逃げ出した彼らだったが、怪異はこれで終わらなかった──。
■仲間の一人が忽然と姿を消し…

それから数日後、グループのうちの一人が消息を絶った……というのだ。
そして数年ほど前、「X」の廃墟の1階ラウンジ跡に溜まった雨水の中から、身元不明の遺体が地元警察によって発見された。ただ、その遺体が行方不明になったグループの一人だったかは、残念ながら確認できなかった。
ディスコやクラブなどナイトスポットは、生きた人間だけでなく、生き霊や死霊など「人ならざるモノ」を呼び寄せるという。
タイ人グループが遭遇した不気味な人影や耳にしたうめき声もまた、「X」が全盛期だった頃に引き寄せられた「人ならざるモノ」だったのかもしれない。
そして、遺体で発見された犠牲者も、そうした怪異に誘われ、“あちら側”へと引きずり込まれてしまったのかもしれない……。
そんな不穏な噂が今も絶え間なく囁かれ、「X」は今なおパタヤの片隅で、静かにその不気味な姿をとどめている。