現在、タイに出張中のカワノアユミ。今回も前回の「日本人バックパッカーを死に誘う赤い服の女」に引き続き、かつてバンコクでライターとして活動していたオカダさん(仮名)に聞いた話をお届けする。
■それはとあるゲストハウスの話

バックバッカーの聖地とも呼ばれるバンコク・カオサン通りで事件は起こった。
画像:shutterstock
舞台は今から30年ほど前の90年代、オカダさんが大学を休学して東南アジアを旅していた頃までさかのぼる。バンコクを起点にインド、ネパール、ラオスなどを巡ったのち、再び戻ってきたのがバックパッカーの聖地・カオサン通りだった。
昼も夜も熱気にあふれるその街で、なるべく出費を抑えようと、小さなゲストハウスのドミトリーにチェックインしたという。
部屋には二段ベッドが二台あり、すでに欧米人の旅行者が二人いた。ベッドにはそれぞれカーテンがついており、オカダさんは下段のベッドを使うことになった。ふと見上げると上段に大きなバックパックが置かれていることに気がついた。
「もう一人いるのか」──そう思いながら、特に気に留めることもなく、その夜は眠りについた。
■誰もいないはずのベッドから

夜中、オカダさんは喉の渇きで目が覚めた。時刻は午前3時過ぎ。天井の古びたファンの音が妙に響く。水を飲み、再びベッドに横になる。と、そこで異変に気づいた。
「上のベッドから、誰かがこちらを覗いていたんです」
暗がりの中、上段から顔だけを垂らすようにして、誰かが逆さまにオカダさんをじっと見ていた。髪は長く、表情までは見えなかったが、目が異様に黒く、じっとこちらを見つめていたという。
驚きながらも、とっさに「こんばんは」と声をかけたが、相手は何も答えなかったという。
(シャイな人なのかもしれない)
そう自分に言い聞かせてオカダさんは布団をかぶったが、しばらくは心臓の鼓動が収まらなかったという。
■赤黒く乾いたシミがベッドに…

翌朝、ベッドはやはり無人。だが、ある異変にオカダさんは気づいた……。
画像:shutterstock
翌朝、目を覚ましたオカダさんはすぐさま上のベッドを確認した。そこには、昨晩見たはずのバックパックは影も形もなかった。
だが、明るくなったことで、ある異変に気づく。上段のマットレスの隅に、赤黒く乾いたような小さなシミが残っていたのだ。
「なんだこれ…?」
嫌な胸騒ぎを覚えつつ、フロントのスタッフに尋ねてみた。
「僕の上のベッド、昨日は荷物があったと思うんですが…その人、チェックアウトしましたか?」
スタッフは怪訝(けげん)そうに首を傾げた。
「あなたの部屋、今は3人だけですよ」
「でも、大きなバックパックが置かれていて…」
「たぶん他の客が一時的に置いたんじゃないですか? 本当は置いちゃいけないんだけど」
不機嫌そうにそう答えたスタッフに、それ以上聞くことはできなかった──。