■オクタッパンの“暗”、名優ソン・ガンホのデビュー作『豚が井戸に落ちた日』
最近、動画配信が始まった映画『豚が井戸に落ちた日』(1996年)は、ホン・サンスの監督デビュー作であり、ソン・ガンホの映画デビュー作という注目すべき作品だ。ソン・ガンホはこの翌年、イ・チャンドン監督作品『グリーン・フィッシュ』のチンピラ役で脚光を浴び、そのわずか2年後、『反則王』で主役を張り、その翌年『JSA』に出演。スター街道を歩むことになる。
『豚が井戸に落ちた日』は、小説家ヒョソプ(キム・ウィソン/『ソウルの春』『新感染 ファイナル・エクスプレス』)と人妻ボギョン(イ・ウンギョン)の不倫の物語だ。随所にのちのホン・サンスらしさの萌芽はあるが、最近の作品と比べると全体的に陰鬱で、ヒョソプとオクタッパンの描写も大変リアルだ。
隣のビルのオクタッパンに住む女性が鉢植えで栽培している柑橘類を失敬してから出版社に出かけるヒョソプ。原稿を持ち込むが、編集者に冷たくあしらわれて、オクタッパンに戻る姿はなんとも寒々しい。
後半、ボギョンがオクタッパンを訪ねるが、ヒョソプは留守だった。所在なげに佇むボギョンに、隣のビルのオクタッパンに住む女性が「何してるんですか?」と声をかける。「(ヒョソプと)会う約束をしたんですが、留守みたいで……。すみませんけど、お金を落としてしまったので1万ウォン貸していただけませんか?」
初対面の女性から5,000ウォンを受け取るボギョン。隣の女性は鉢植えに目をやり、ボギョンに聞こえよがしに言う。「あの人(ヒョソプ)、また唐辛子もいで行ったわ」。売れない小説家のせこさと屋上住まいのわびしさが重なる寒々しい場面だった。
そんなヒョソプだが、なぜか女性にはモテる。美女が次々とオクタッパンを訪ねてくるのが救いと言えば救いだ。しかし、終盤はオクタッパンでの衝撃的なシーンが待っている。
ドラマ『ドクタースランプ』と映画『豚が井戸に落ちた日』。この2作でオクタッパンのファンタジーとリアルを味わってみてもらいたい。