■屋上は気晴らしをするための大切な場所
本記事の前編でふれた『灼熱の屋上』に匹敵する興味深い屋上ムービーがある。1988年、ソウル江南の高速ターミナルのとなりの雑居ビルで撮影された『チルスとマンス』だ。
屋上の巨大広告看板を描く仕事をしているマンス(アン・ソンギ)は、意中の娘(ペ・ジョンオク)にふられて落ち込んでいる弟分チルス(パク・チュンフン)を慰めようと、屋上看板のてっぺんで一緒にソジュを飲み始める。マンスは民主化運動で服役中の父のせいで息苦しく暮らし、チルスは渡米を夢見ているが経済的な理由でなかなか実現しない。
ふだんは感情を表に出さないマンスだが、ビルの下にうごめく有象無象に向かって突然大声で思いの丈をぶつける。騒ぎを起こそうとしたわけではないのだが、すぐに当局の知るところとなり、警察隊やマスコミが屋上に集まってくる。
『ハピネス』第1話で、プロ野球選手への夢を断たれ、屋上の淵に腰かけたイヒョン。校庭には生徒が集まり大騒ぎになっている。そこにセボムが現れ、野球ができないからヤケになってるのかと聞くと、イヒョンはこう答える。
「息が詰まって屋上に来ただけなのに、救急車やパトカーが来て騒ぎになった」
1988年の看板描きマンスと2021年の高校生イヒョンの奇妙な符号だ。
勝ち負けがはっきり出る韓国のスペック競争(家柄、学歴、容貌など)は苛烈だ。
『ドクタースランプ』のハヌルやジョンウ、『ハピネス』のセボムやイヒョンのように、さまざまな理由で息苦しさを感じたとき、パラムセロ(風を浴びること=気晴らし)するために駆け上がる場所。韓国人にとって屋上は一種の精神安定剤なのかもしれない。