■平壌冷麺はどんな料理?

 平壌冷麺とはその名の通り、朝鮮民主主義人民共和国(通称:北朝鮮)の首都・平壌発祥の冷麺のこと。俗にムルネンミョン(水冷麺)と呼ばれる冷たいスープの麺料理だ。

 スープは牛肉ダシがメインだが、豚肉や鶏肉などの合わせダシもよく用いられる。その味は、初めて食べる日本人や韓国人が驚くほど淡白だ。麺は蕎麦粉が主で、でんぷん粉が従。蕎麦を食べ慣れている日本の人には食べやすい。

 日本や中国にも平壌冷麺やムルネンミョンを名乗る店はあるが、海を渡った料理の多くがそうであるように、その土地土地の気候や産物、嗜好によって変化していく。

 日本各地で在日同胞が提供しているムルネンミョンは、麺がでんぷん粉や小麦粉がメインだったり、蕎麦粉をまったく使わない麺だったりする。

 また、吉林省など中国東北部で朝鮮族(朝鮮系中国人)が提供しているムルネンミョンは、蕎麦粉の代わりにトウモロコシ粉を使ったりする。ムルネンミョンと言っても、その実態は国や地域によってさまざまなのだ。

 いま、ソウルにある冷麺専門店は、朝鮮戦争(1950年~1953年)のとき北側から南側に避難してきた人たちが始めた店が多い。南北分断の固定化によって故郷に帰れなくなった避難民にとって、冷麺は郷愁を誘う食べ物だ。20年くらい前、ソウルの冷麺専門店では北朝鮮訛りで楽しそうに話し、スユクをつまみにソジュを飲み、冷麺で〆るお年寄りをよく見かけた。

 南北分断の悲劇を淡々と描いた映画『あの人に逢えるまで』(2014年)では、朝鮮戦争の勃発で夫(コ・ス)と生き別れになった妻(ムン・チェウン)が、議政府に実在する「平壌麺屋」でひとり冷麺を食べるシーンがあった。

映画『あの人に逢えるまで』に登場した議政府の「平壌麺屋」の平壌冷麺